活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

800字書評

【新刊書評】怪奇現象組み込む社会派ミステリ『踏切の幽霊』(高野和明/文藝春秋)

昔から、社会派ミステリが好きである。現実の地名とその風景描写から浮かび上がる世情や登場人物の人間くささを嗅ぎ取るのがこのうえなく愉しいのだ。魅力的な謎が絡めば完徹確定である。 本作の舞台も謎も惹かれる設定だ。1994年の冬、箱根湯本と新宿を結ぶ…

【書評】生きていく知恵秘められ『聖者のかけら』(川添愛/新潮社)

※本稿は産経新聞からの転載です。 生きていく知恵秘められ 時は13世紀、カトリック修道士で死後、聖人に列せられた聖フランチェスコの死没から四半世紀後のイタリア・アッシジ近郊。27歳の若き修道士ベネディクトは、院長から密命を帯びて、14歳のとき…

【800字書評】汚い言葉は消え去るべきか――『悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか』エマ・バーン/黒木章人訳/原書房

汚い言葉は消え去るべきか 世の中には、公の場で口にすべきでない言葉がある。日本語で言うなら「クソ」「ちくしょう」「クズ」「アホ」、英語で言うなら「fuck」「shit」「cunt」「bugger」「bitch」などがそうだ。こうした言葉を学校や家庭で教わってきた…

【800字書評】楽しい語りで疾駆する――『人魚と十六夜の魔法 ぬばたまおろち、しらたまおろち』 白鷺あおい/創元推理文庫

楽しい語りで疾駆する 人からたまに、どんな本が好きですか、と聞かれることがある。一口に本といっても千差万別なので、こうして書評を書いたり寄稿したりしておきながら返答に窮してばかりだったが、今なら基準の一つははっきりと言える。書き手が楽しんで…

【800字書評】ネットでは見えないものを追う――『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』 ドニー・アイカー/安原和見訳/河出書房新社

ネットでは見えないものを追う 未知の不可抗力。1959年初めの冬、ソビエト連邦のウラル山脈で発生した遭難事故の最終報告書に載った「死亡原因」だ。亡くなったのは、ウラル工科大学の学生とOBから成る登山チーム9名。グループのリーダーの名前を取って「…

【800字書評】怒涛のハエ愛を食らうがよい――『蠅たちの隠された生活』 エリカ・マカリスター/桝永一宏監修/鴨志田恵訳/エクスナレッジ

怒涛のハエ愛を食らうがよい 本書は多種多様なハエの生態を解説した本である。と同時に、ハエがとっても可愛く見えてくる一冊でもある。そんなバカな、と思われる向きが大多数だろうが、本当だ。なぜならば、著者の語り口がハエへの愛に満ち満ちているからだ…

【800字書評】人生を変える贅沢ミステリ――『カササギ殺人事件』 アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳/創元推理文庫

人生を変える贅沢ミステリ この本は、わたしの人生を変えた――。本書のプロローグにて、語り手の「わたし」がそんな述懐をする。読んだ後、それまでの棲み家を離れ、編集の仕事も辞め、多くの友人を失った、と。なんとも不気味でぞくぞくする忠告である。 そ…

【800字書評】『アイリーンはもういない』 オテッサ・モシュフェグ/岩瀬徳子訳/早川書房

※この書評は2018年4月29日付産経新聞読書面からの転載です。 醜悪な心を書き尽くす 死者のような、慈悲深い無の微笑み――24歳のアイリーンが仕事中につけていた表情だ。彼女は内奥に秘めた激情を抑えるためにこの仮面をかぶり、内気で平凡な人間のふりをして…

【800字書評】若くしてさいきょうの女探偵の物語――『修道女フィデルマの挑戦』(ピーター・トレメイン/甲斐萬里江訳/創元推理文庫)

末恐ろしい女探偵である。 7世紀の古代アイルランドを舞台に活躍する本書の主人公・フィデルマのことだ。修道女かつ法廷弁護士であり、裁判官の資格も有する。出自はアイルランド南西部のモアン王国の王女でおまけに美女。高い論理的思考力と豊富な知識を持…

【800字書評】昭和の熱気を封じ込めた評伝――『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生』(岡本和明、辻堂真理/新潮社)

私事から始めるが、筆者は平成生まれである。昭和という時代、すなわち高度経済成長やらオイルショックやらバブル景気やらについて何も知らない。いや、知識として知ってはいるが、体験していない以上、どうも遠い世界の出来事に感じられてしまう。 閑話休題…

【800字書評】本屋あるあるは万国共通――『この星の忘れられない本屋の話』(ヘンリー・ヒッチングズ編/浅尾敦則訳/ポプラ社)

本書は世界で活躍する作家15人によるアンソロジーである。テーマは本屋にまつわる個人的な思い出だ。序文で編者が簡潔に説明しているので、引用してみよう。 そこは薬局の役目も果たすし、いろいろなものが混在する奇跡の場所になり、秘密の花園になり、イデ…

【800字書評】南仏の「男爵」警部、海底洞窟に秘められた犯罪に挑む――『狩人の手』(グザヴィエ=マリ・ボノ/平岡敦訳/創元推理文庫)

1991年、南仏マルセイユ近郊の入り江で、ある海底洞窟が発見される。水深37メートルの地点に入り口を持ち、そこから175メートルもの上向きのトンネルを上った先に、広大な空間が存在していたのだ。学者を驚かせたのは、紀元前2万7千年から1万9千年のものと推…

【800字書評】『声』 アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由美子訳/創元推理文庫 

癒えない傷との対峙 「なんという人生だ」 殺された男の師が、悲嘆のあまり放った言葉だ。この言葉は、姿形を変え、幾度となく物語に表出しては、事件を捜査するエーレンデュルの内で重く響き渡る。彼もまた、自分の人生が窮地にあることを理解しているから…

【800字書評】『小説の言葉尻をとらえてみた』 飯間浩明/光文社新書

辞典編纂者、iPad片手に小説世界で用例採集 本の読み方は、多種多様である。時間をかけて一冊の本を読み込む人もいれば、速読を是としてとんでもない勢いで読む人もいる。内容の解釈一つ取ってもその人の個性が出るので、SNSなどで読書感想を拾ってみるだけ…

【800字書評】『僕には世界がふたつある』 ニール・シャスタマン/金原瑞人、西田佳子訳/集英社

予測不能な精神の海の深淵めざして 本書の原題は「CHALLENGER DEEP」。太平洋にあるマリアナ海溝最深部、チャレンジャー海淵のことである。15歳の主人公ケイダンは、この海淵に沈む財宝をめざす海賊船の乗組員だ。他の乗員は、何かにつけてケイダンを脅す片…

【800字書評】『湖の男』 アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由実子訳/東京創元社

過ぎ去りし時代の悲劇を掘り起こす アイスランド、クレイヴァルヴァトゥン湖。地震の影響で干上がっていたこの湖から、白骨化した遺体が発見される。レイキャヴィク警察は、こうした骸骨の捜査にうってつけの人物として、エーレンデュル捜査官を抜擢する。彼…

【800字書評】『かがみの孤城』 辻村深月/ポプラ社

※この記事は2017年10月15日付産経新聞読書面からの転載です。 逃げ場を見つけ出すには 昨今、辛い目にあったり理不尽なことをされたりしたら、とにかく逃げろと、盛んに言われるようになった。そのとおりなのだが、これは生きる術を多く知っている大人の理屈…

【800字書評】『ぬばたまおろち、しらたまおろち』 白鷺あおい/創元推理文庫

和洋ごった煮の現代お伽話 主人公の深瀬綾乃は、岡山の山奥の村で暮らす少女。小学4年生のとき事故で両親を失い、伯父の家に引き取られ、現在14歳になる。 綾乃には幼馴染がいる。お社の裏の淵の洞穴に棲む白い大蛇だ。名前はアロウ。3メートル以上の巨体を…

【週刊800字書評】『歌うカタツムリ 進化とらせんの物語』 千葉聡/岩波科学ライブラリー

たかがカタツムリ、されどカタツムリ 「およそ200年前、ハワイの古くからの住民たちは、カタツムリが歌う、と信じていた。」 そんな、ファンタジー小説のような書き出しで始まる本書は、岩波科学ライブラリーから発売された至って真面目な科学書だ。著者は進…

【週刊800字書評+α】『怒り』 ジグムント・ミウォシェフスキ/田口俊樹訳/小学館文庫

ポーランドのピエール・ルメートル登場 本書はポーランドのミステリー作家ジグムント・ミウォシェフスキのテオドル・シャツキ検察官シリーズの第三作で、完結篇である。初邦訳なのに、最終作からとはこれいかに。加えて、著者は本国で「ポーランドのピエール…

『海岸の女たち』 トーヴェ・アルステルダール/久山葉子訳/創元推理文庫

※この記事は2017年7月16日付産経新聞読書面からの転載です。 異邦の地で闇を暴く 舞台美術家のアリーナ・コーンウェルは、じりじりしていた。彼女のおなかには、夫パトリックとの間に授かった新しい命があり、それを伝えたくて仕方がなかったのだ。ヨーロッ…

【週刊800字書評】『鏡の迷宮』 E・O・キロヴィッツ/越前敏弥訳/集英社文庫

幻覚を終わらせないリアリティ 家族や旧友と、昔の思い出を語らっているとき、認識の違いに直面したことはないだろうか。同じものを見ていた、あるいは同じ体験をしたはずなのに、話が微妙に食い違っている。議論を交わしてもお互い譲らず、あやふやで終わっ…

【週刊800字書評】『建築文学傑作選』 青木淳[選]/講談社文芸文庫

建築の気配を感じさせる文学 本書は、読売新聞の書評委員を務めたこともある建築家・青木淳が編者の建築文学選集である。建築文学とは、建築物が主役を張る作品ではなく、編者解説から引用すると、「文学のつくりそのもので、建築的な問題をはらんでいるよう…

【週刊800字書評】『渇きと偽り』 ジェイン・ハーパー/青木創訳/早川書房

渇く心、湿る筆 ゆっくりと着実に進行する天災、日照り。雨が降らず、高温の日々が続き、水不足をもたらす。日本でも馴染みある災害の一つだが、本書の舞台であるオーストラリアでは深刻な問題となっている。その頻度たるや、十年から二十年に一度は干魃に襲…

『ぼっけえ、きょうてえ』 岩井志麻子/角川ホラー文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。 悪意の淵へ誘う音と文体 タイトルの「ぼっけえ、きょうてえ」とは、岡山地方の方言で、「とても、怖い」を意味する。とても怖い話――こう書くと、なんだかそれほど怖くないような感じがしてしまうが、滅相もない。本書…

『悪の教典』 貴志祐介/文春文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。 人間くさい悪の本質 暴力に巻き込まれたい、と思う人はいない。暴力が好きだ、なんて人は、当たり前だがまともな人間生活を送れない。やったが最後、一瞬で社会の鼻つまみ者である。 しかしフィクションの世界となる…

『チルドレン』 伊坂幸太郎/講談社文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。 純真な心を抱えて 子どものころの純真な心は、成長していくにつれ消えていく。建前と本音を使い分け、言外のルールを学び、どんどん世間ずれしていく。悲しいかな、そうでもしないと、大人の社会では生き残れない。シ…

『アヘン王国潜入記』 高野秀行/集英社文庫

この記事はシミルボンからの転載です。 唯一無二の体験記 ゴールデン・トライアングル。そこは、タイ、ラオス、ビルマの三国が国境を接する、世界最大の麻薬生産地である。世界のアヘン系麻薬の60%から70%はここで栽培されたものだともいわれるこの《麻薬地…

『燃えよ剣』 司馬遼太郎/新潮文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。 心の中に息づく戦士 小説を読む醍醐味の一つは、自分と異なる生き方、考え方をなぞることだ。作家が生み出した豊穣な作品世界に身を任せ、登場人物の思考や行動に一喜一憂する。話が佳境となり、気持ちが入り込みすぎ…

『テロルの決算』 沢木耕太郎/文春文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。 二つの熱気が衝突する瞬間 日比谷公会堂の檀上、短刀を水平に構えた白い顔の少年と、手を前に出し黒縁眼鏡がずり落ちた老政治家が立っている。17歳の右翼少年・山口二矢が、61歳の社会党委員長・浅沼稲次郎を襲撃した…