活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『ぼっけえ、きょうてえ』 岩井志麻子/角川ホラー文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。

悪意の淵へ誘う音と文体

 タイトルの「ぼっけえ、きょうてえ」とは、岡山地方の方言で、「とても、怖い」を意味する。とても怖い話――こう書くと、なんだかそれほど怖くないような感じがしてしまうが、滅相もない。本書は、岡山出身の著者が、方言の持つ耳慣れない音の響きを、土着的な因習と巧みに絡めて構築した、すさまじくおぞましい短篇集だ。

 収録作は四篇。第六回日本ホラー小説大賞受賞作である表題作は、岡山の遊郭で、一人の醜い女郎が、寝付けない客に対して、身の上を語る話。さびれた村の、間引き業をする産婆の子として生まれた女郎は、誕生してすぐの赤ん坊が即座に捻り殺されるのを手伝ってきた。亡骸は血と糞便まみれのタライに一緒くたにされ、川に捨てられ……言葉を失うような凄惨な話が女郎の岡山弁を通して訥々と述べられていく。方言に馴染みがないぶん、意味を解するのに時間がかかり、粘っこい文体を存分に味わわされてしまう。なんといやらしい企みだろうか。読後、カバーに使われている甲斐庄楠音「横櫛」の絵を凝視してしまうこと必至の譚である。

 つづく『密告函』は、コレラが蔓延する村の役場で働く青年が、「密告函」をもとにコレラ疑惑のある村民の家を訪ねて回る物語。高温多湿な真夏の暑さに、コレラの症状である下痢の生臭い腐臭や白濁した液体といった描写が加わり、息苦しいことこの上ない。しかしこれは素材の一つにすぎず、話の筋がじわじわとそれていくさまが面白い。

 残り二篇も、閉鎖的な村の因習を描いたものである。瀬戸内海の孤島の漁村に嫁いだ女の顛末を描く『あまぞわい』は、漁に関われなければ非人であるという観念に支配されているし、日清戦争直前に山奥の集落で生まれた兄妹の話『依って件の如し』も、化け物のような母を持ったがために、家畜同然の扱いを受ける様子が描かれる。事態の好転なんて甘っちょろい幻想にすぎず、四篇を通して、読者はいつしか狂気の淵へと引きずり込まれる。悪意ここに極まれり……そういう一冊である。(819字)