活字耽溺者の書評集

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【800字書評】怒涛のハエ愛を食らうがよい――『蠅たちの隠された生活』 エリカ・マカリスター/桝永一宏監修/鴨志田恵訳/エクスナレッジ

怒涛のハエ愛を食らうがよい

 本書は多種多様なハエの生態を解説した本である。と同時に、ハエがとっても可愛く見えてくる一冊でもある。そんなバカな、と思われる向きが大多数だろうが、本当だ。なぜならば、著者の語り口がハエへの愛に満ち満ちているからだ。
 著者は大英自然史博物館に勤める双翅目の昆虫学者・キュレーターである。子どもの頃、庭の片隅にあった動物の死骸で蠢くウジ虫を観察して以来ハエ目の生態に魅了され、今では家族や友人との会話中でもハエの話題を出してしまうほどの筋金入りだ。
 まずはハエがどれだけ人間の生活に密着しているか見てみよう。現在、ハエ目(ハエ、カ、アブ、ブユ等)は世界の昆虫世界個体数の約8.5%にあたるとされ、人間の個体数と比較すると、一人あたり1700万匹のハエが存在する計算になる。
 これだけ膨大であるがゆえ、生態もひじょうに様々だ。ユニークなものをいくつか挙げてみる。
 極寒の環境に適応し、北極圏で受粉者としての役割を果たすユスリカは、太陽の光が差す方向を向く性質を持ち、雨が大嫌い。昆虫界のアル中と呼ばれるほどアルコール好きのショウジョウバエは、遺伝子発現の理解のため実験室では幼虫ともどもぐびぐび酒を飲まされている。糞食性のツヤホソバエは、糞の上でダンスしたり愛撫したりしてメスに求愛をする。コウモリに寄生するクモバエは、翅が完全に退化し胸部頭部ともに小さく脚の先端は大きなかぎ爪となっており、もはやハエに見えない……。
 こうしたハエたちの紹介の合間に挟まれるハエ研究者たちの日常も面白い。寄生性のウジ虫に自分の肉体を提供したところ、夜寝静まった時に響く咀嚼音がうるさくて妻に怒られた話や、学会の基調講演で朝9時から前述のツヤホソバエの求愛行動ビデオを見させられるエピソードなどはその極みだ。
 死体や腐臭に集まるわ病気は媒介するわで忌み嫌われる生物筆頭のハエだが、彼らも生活がかかっているのだ。そうした感慨さえ起こさせる著者の怒濤のハエ愛を是非食らってみてほしい。(817字)