活字耽溺者の書評集

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【800字書評】若くしてさいきょうの女探偵の物語――『修道女フィデルマの挑戦』(ピーター・トレメイン/甲斐萬里江訳/創元推理文庫)

 末恐ろしい女探偵である。

 7世紀の古代アイルランドを舞台に活躍する本書の主人公・フィデルマのことだ。修道女かつ法廷弁護士であり、裁判官の資格も有する。出自はアイルランド南西部のモアン王国の王女でおまけに美女。高い論理的思考力と豊富な知識を持ち、弁舌では負け知らず、常に冷静沈着で、護身術にも長け、男勝りの豪胆さも兼ね備える。

 もはやぼくのかんがえたさいきょうのヒロインだ。こんな超人を相手取ってしまった悪人は残念無念、悪事は白日の下に晒されること必定だ。同情すら覚える……。

 褒めそやしが長くなってしまった。本書は修道女フィデルマシリーズ第4短篇集である。著者ピーター・トレメインは1943年英国生まれの小説家で、フィデルマシリーズは現在長篇が7作、日本オリジナル短篇集が3冊邦訳されている。

 これだけの人気を誇るのは、謎解きの鮮やかさもさることながら、このフィデルマ姐さんの虜となってしまった読者が大勢いるからだ。本書にはフィデルマが修道女になる以前の話が2篇収録されており、シリーズ初心者にもやさしい一冊となっている。

 とはいえ彼女は10代の頃からスーパーだ。たとえば先陣を飾る「化粧ポウチ」では、学問所に入学したばかりのフィデルマが軽いホームシックになったり、同室の上級生からいびられたりする。ちょっと可愛らしい……と思うのも束の間、生意気なほど驚異的な速度で順応し、自身の持ち物である化粧ポウチ盗難事件の真相を暴いてみせる。

 続く「痣」では、この学問所での4年間を終え、卒業試験に挑戦するフィデルマが描かれる。試験とは口頭試問で、実際に発生した事件の判決の正誤を問うというもの。遅刻したにもかかわらず、試験官の嫌味ったらしい口ぶりに果敢に切り返していく彼女の舌鋒は圧巻だ。

 そんなわけで、若くしてパーフェクトな女探偵の物語を、ぜひ存分に味わっていただきたい。なお、古代アイルランド事情に詳しくなくとも、読んでいれば自然とわかってくる(作者もそれが狙いである)ので、ご安心を。(830字)