活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【週刊800字書評】『建築文学傑作選』 青木淳[選]/講談社文芸文庫

建築の気配を感じさせる文学

 本書は、読売新聞の書評委員を務めたこともある建築家・青木淳が編者の建築文学選集である。建築文学とは、建築物が主役を張る作品ではなく、編者解説から引用すると、「文学のつくりそのもので、建築的な問題をはらんでいるように思える」作品のこと。建築と文学。全く共通項のないジャンルながら、構成、技法、視点などに、建築の気配を感じさせる小説があるというのである。

 たとえば、冒頭を飾る須賀敦子ヴェネツィアの悲しみ』。夢のような都市ヴェネツィアの輝かしい面と暗い歴史が綴られるこの小篇には、「幾何学」が存在する。起承転結がなく、独立したいくつものエピソードがそれぞれ見えない線で編まれ、人という存在のたよりなさに見合った構造(幾何学)を模しているそうだ。

 続く開高健の短篇『流亡記』は、秦の始皇帝の時代、戦乱ののちに万里の長城の建造に駆り出される人々を一人の庶民の目線で描いた作品だが、長城建造に関わっていることが察せられるのは後半である。つまり、それまでは全体の趨勢を把握できぬまま回り続けている一つの歯車でしかないのだ。編者はこの作品を、個々の自動運動システムが全面化した機械仕掛けの世界であると述べている。

 この二つを見てもわかるとおり、収録された10篇はどれも独特の構成を持っている。筒井康隆『中隊長』はそもそも構成らしい構成がなく「流体のような匂いの塊」だし、川崎長太郎『蝋燭』は話が脇道にそれたと思いきや、そのまま本筋に戻らずに終わる。芥川龍之介『蜃気楼』に至っては話の筋がないに等しく、知覚されたものだけで全体を築くといった趣向が凝らされている、とのこと。

 いくつか例を見てきたが、建築文学についてまだピンとこない方もおられるかもしれない。編者も実際のところ明瞭な定義づけをしておらず、どちらかというと本書は、建築家が小説をどう読んでいるか窺い知れる選集と言ったほうが良さそうだ。だから、解説は必見、格別の面白さである。豊富な読書体験に裏打ちされた、魅力あふれる一冊だ。ぜひ海外篇も編んでほしい。(844字)