活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【新刊書評】怪奇現象組み込む社会派ミステリ『踏切の幽霊』(高野和明/文藝春秋)

踏切の幽霊

昔から、社会派ミステリが好きである。現実の地名とその風景描写から浮かび上がる世情や登場人物の人間くささを嗅ぎ取るのがこのうえなく愉しいのだ。魅力的な謎が絡めば完徹確定である。

本作の舞台も謎も惹かれる設定だ。1994年の冬、箱根湯本と新宿を結ぶ路線(何線かすぐわかるが、本書の書き方に従って伏せる)の途中、下北沢三号踏切において、列車の緊急停止が相次いでいた。踏切内に人影を見たからだ。ところがいずれも死体は発見されず、人影の性別、年齢層もばらばらで原因不明となっていた。

長年勤めた新聞社を辞し、老舗出版社の月刊女性誌にて糊口を凌ぐ中年記者・松田に差し出されたのはこの心霊ネタだった。読者投稿の心霊写真と8ミリフィルムに映った怪奇現象を元に、不承不承取材を始めた松田。彼は数年前に最愛の妻を亡くし、生きる目標も仕事への熱意も失っていた。しかし、怪奇現象が本当に説明のつかないものとして裏付けされていくにしたがって、松田の記者魂に火がつく――。

まず、94年という古すぎず新しすぎてもいない年代設定が絶妙だ。平成初期、バブル崩壊直後、インターネット普及前夜。誰でもカメラを携え、映像編集技術が発達した現代では怪談や恐怖体験が迫真性を持って入り込む余地はなかなかない。心霊調査をする松田の身にも次々と怪奇現象が起こる様は、当時の空気感も相まって背筋が凍るほどの迫力が漲る。

また、サスペンスとしても申し分ない。松田の所属する月刊誌は売上が厳しく、特ダネがなければ間もなく休刊の危機にある。職場がなくなれば、貯金もほとんどない松田は破滅の道しかない。〆切デッドラインに向けて、自費と会社の経費をハラハラやりくりしながら記者時代のツテや経験、機転を駆使する場面も肝が冷えて(?)読ませる。

終盤が駆け足気味で、一部の人物描写が類型的な点が惜しいが、これだけ幽霊をがっちりはめ込んだ渋い社会派サスペンスはちょっと他に思い当たらない。映画化、それもモキュメンタリー形式で映像化したらさらに面白い作品だろう。そもそも装幀の写真がもう怖い。女の幽霊いるじゃん……。久方ぶりにジャケ買い一気読み、堪能しました。