活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

2017年刊

【800字書評】若くしてさいきょうの女探偵の物語――『修道女フィデルマの挑戦』(ピーター・トレメイン/甲斐萬里江訳/創元推理文庫)

末恐ろしい女探偵である。 7世紀の古代アイルランドを舞台に活躍する本書の主人公・フィデルマのことだ。修道女かつ法廷弁護士であり、裁判官の資格も有する。出自はアイルランド南西部のモアン王国の王女でおまけに美女。高い論理的思考力と豊富な知識を持…

伝統には無限サイクルがある――『「日本の伝統」の正体』著者インタビュー:藤井青銅氏

※この記事はHONZからの転載です。 去る1月中旬、こんなメールが筆者のもとに届いた。「追加取材をしませんか」 柏書房の編集部からのものだった。文面によれば、筆者が年初にHONZで書いた『「日本の伝統」の正体』(藤井青銅/柏書房)のレビューを皮切りに…

【800字書評】昭和の熱気を封じ込めた評伝――『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生』(岡本和明、辻堂真理/新潮社)

私事から始めるが、筆者は平成生まれである。昭和という時代、すなわち高度経済成長やらオイルショックやらバブル景気やらについて何も知らない。いや、知識として知ってはいるが、体験していない以上、どうも遠い世界の出来事に感じられてしまう。 閑話休題…

【800字書評】本屋あるあるは万国共通――『この星の忘れられない本屋の話』(ヘンリー・ヒッチングズ編/浅尾敦則訳/ポプラ社)

本書は世界で活躍する作家15人によるアンソロジーである。テーマは本屋にまつわる個人的な思い出だ。序文で編者が簡潔に説明しているので、引用してみよう。 そこは薬局の役目も果たすし、いろいろなものが混在する奇跡の場所になり、秘密の花園になり、イデ…

【800字書評】南仏の「男爵」警部、海底洞窟に秘められた犯罪に挑む――『狩人の手』(グザヴィエ=マリ・ボノ/平岡敦訳/創元推理文庫)

1991年、南仏マルセイユ近郊の入り江で、ある海底洞窟が発見される。水深37メートルの地点に入り口を持ち、そこから175メートルもの上向きのトンネルを上った先に、広大な空間が存在していたのだ。学者を驚かせたのは、紀元前2万7千年から1万9千年のものと推…

『「日本の伝統」の正体』 藤井青銅/柏書房

※この記事はHONZからの転載です。 言葉の魔力に振り回されないために 周りのみんながやっているから、乗り遅れないように私もやる――誰しも一度はこうした経験をしたことがあるのではないか。仲間外れは怖いものだ。多少ヘンな流行であっても、ついつい乗って…

【800字書評】『小説の言葉尻をとらえてみた』 飯間浩明/光文社新書

辞典編纂者、iPad片手に小説世界で用例採集 本の読み方は、多種多様である。時間をかけて一冊の本を読み込む人もいれば、速読を是としてとんでもない勢いで読む人もいる。内容の解釈一つ取ってもその人の個性が出るので、SNSなどで読書感想を拾ってみるだけ…

【800字書評】『僕には世界がふたつある』 ニール・シャスタマン/金原瑞人、西田佳子訳/集英社

予測不能な精神の海の深淵めざして 本書の原題は「CHALLENGER DEEP」。太平洋にあるマリアナ海溝最深部、チャレンジャー海淵のことである。15歳の主人公ケイダンは、この海淵に沈む財宝をめざす海賊船の乗組員だ。他の乗員は、何かにつけてケイダンを脅す片…

【800字書評】『湖の男』 アーナルデュル・インドリダソン/柳沢由実子訳/東京創元社

過ぎ去りし時代の悲劇を掘り起こす アイスランド、クレイヴァルヴァトゥン湖。地震の影響で干上がっていたこの湖から、白骨化した遺体が発見される。レイキャヴィク警察は、こうした骸骨の捜査にうってつけの人物として、エーレンデュル捜査官を抜擢する。彼…

『どうしても欲しい! 美術品蒐集家たちの執念とあやまちに関する研究』 エリン・L・トンプソン/松本裕訳/河出書房新社

※この記事はHONZからの転載です。 理想の自分に近づきたくて 世の中にはコレクターと呼ばれる人たちがいる。特定の事物を徹底的に蒐集する人々のことだ。切手や古いコイン、宝石といった貴重品から、食玩フィギュアのような玩具、映画の半券、果ては牛乳瓶の…

【800字書評】『かがみの孤城』 辻村深月/ポプラ社

※この記事は2017年10月15日付産経新聞読書面からの転載です。 逃げ場を見つけ出すには 昨今、辛い目にあったり理不尽なことをされたりしたら、とにかく逃げろと、盛んに言われるようになった。そのとおりなのだが、これは生きる術を多く知っている大人の理屈…

『あのころのパラオをさがして 日本統治下のパラオを生きた人々』 寺尾紗穂/集英社

※この記事は10月13日発売の週刊読書人からの転載です。 過ぎ去った大きなうねりにゆれる心 南洋に浮かぶ島国パラオ。パリ講和会議直後の一九二〇年から太平洋戦争終結の一九四五年まで、この国は日本の委任統治領、すなわち植民地であった。南洋庁が設置され…

【800字書評】『ぬばたまおろち、しらたまおろち』 白鷺あおい/創元推理文庫

和洋ごった煮の現代お伽話 主人公の深瀬綾乃は、岡山の山奥の村で暮らす少女。小学4年生のとき事故で両親を失い、伯父の家に引き取られ、現在14歳になる。 綾乃には幼馴染がいる。お社の裏の淵の洞穴に棲む白い大蛇だ。名前はアロウ。3メートル以上の巨体を…

『森の探偵 無人カメラがとらえた日本の自然』 宮崎学、小原真史/亜紀書房

※この記事はHONZからの転載です。 人間社会に急接近する動物たち 長野県南部、中央アルプスと南アルプスに挟まれた伊那谷。この地を拠点に、半世紀にわたって活動してきた写真家がいる。本書の著者、宮崎学である。1947年、長野県の中川村に生まれた彼は、精…

『科学捜査ケースファイル』 ヴァル・マクダーミド/久保美代子訳/化学同人

※この記事はHONZからの転載です。 凶悪犯罪と法科学の歴史200年 科学捜査は、多くのミステリードラマや推理小説の題材として扱われてきた。代表的なのは、アメリカ発のテレビドラマ『CSI:科学捜査班』や『BONES─骨は語る─』シリーズだ。日本でも『科捜研の…

【週刊800字書評】『歌うカタツムリ 進化とらせんの物語』 千葉聡/岩波科学ライブラリー

たかがカタツムリ、されどカタツムリ 「およそ200年前、ハワイの古くからの住民たちは、カタツムリが歌う、と信じていた。」 そんな、ファンタジー小説のような書き出しで始まる本書は、岩波科学ライブラリーから発売された至って真面目な科学書だ。著者は進…

【週刊800字書評+α】『怒り』 ジグムント・ミウォシェフスキ/田口俊樹訳/小学館文庫

ポーランドのピエール・ルメートル登場 本書はポーランドのミステリー作家ジグムント・ミウォシェフスキのテオドル・シャツキ検察官シリーズの第三作で、完結篇である。初邦訳なのに、最終作からとはこれいかに。加えて、著者は本国で「ポーランドのピエール…

『歴史の証人 ホテル・リッツ』 ティラー・J・マッツェオ/羽田詩津子訳/東京創元社

※この記事はHONZからの転載です。 権力の交点となったホテルでの魅惑的な群像劇 パリの中心部、ヴァンドーム広場に面して、そのホテルは存在する。 ホテル・リッツ(Hôtel Ritz)。フランスの実業家セザール・リッツと名料理人オーギュスト・エスコフィエの…

『海岸の女たち』 トーヴェ・アルステルダール/久山葉子訳/創元推理文庫

※この記事は2017年7月16日付産経新聞読書面からの転載です。 異邦の地で闇を暴く 舞台美術家のアリーナ・コーンウェルは、じりじりしていた。彼女のおなかには、夫パトリックとの間に授かった新しい命があり、それを伝えたくて仕方がなかったのだ。ヨーロッ…

【週刊800字書評】『鏡の迷宮』 E・O・キロヴィッツ/越前敏弥訳/集英社文庫

幻覚を終わらせないリアリティ 家族や旧友と、昔の思い出を語らっているとき、認識の違いに直面したことはないだろうか。同じものを見ていた、あるいは同じ体験をしたはずなのに、話が微妙に食い違っている。議論を交わしてもお互い譲らず、あやふやで終わっ…

【週刊800字書評】『建築文学傑作選』 青木淳[選]/講談社文芸文庫

建築の気配を感じさせる文学 本書は、読売新聞の書評委員を務めたこともある建築家・青木淳が編者の建築文学選集である。建築文学とは、建築物が主役を張る作品ではなく、編者解説から引用すると、「文学のつくりそのもので、建築的な問題をはらんでいるよう…

『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』 佐々木健一/文藝春秋

※この記事はHONZからの転載です。 嵐のような天才気象学者の生涯を追う 「とにかく私の人生は面白い。安定とは無縁だった」 気象学者、藤田・テッド(セオドア)・哲也は、自身の歩みを回顧して、そう語った。本書は、彼の生涯をつぶさに書きとめた評伝であ…

『ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム』 ジョディ・アーチャー、マシュー・ジョッカーズ/西内啓監修/川添節子訳/日経BP社

※この記事はHONZからの転載です。 コンピューターによる文芸批評の時代 売れる小説を書きたい――作家を志す人ならば、一度は妄想する夢だろう。印税収入だけで暮らしていけたら、人生どんなに楽なことか。しかし、当然のごとく世の中は残酷で、運よくデビュー…

【週刊800字書評】『渇きと偽り』 ジェイン・ハーパー/青木創訳/早川書房

渇く心、湿る筆 ゆっくりと着実に進行する天災、日照り。雨が降らず、高温の日々が続き、水不足をもたらす。日本でも馴染みある災害の一つだが、本書の舞台であるオーストラリアでは深刻な問題となっている。その頻度たるや、十年から二十年に一度は干魃に襲…

【週刊800字書評】『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』 黒沢哲哉/双葉社

涙誘う、滅びゆく一つのエロ文化 帯に、「これまでも、これからも決して出版されない書籍の誕生。」とある。本書を読み終えて、まさしくその通りだと得心した。こんなの誰も真似できない。だいたいマニアックすぎる。一言で説明すると、全国に点在するエロ本…

『昭和声優列伝 テレビ草創期を声でささえた名優たち』 勝田久/駒草出版

※本稿は「週刊読書人」2017年4月14日号に掲載された書評の転載です。 若き声優志願者へ贈る言葉 今や声優は、若い人の間で高い人気を誇る職業の一つである。アニメ出演や洋画の吹き替え、ナレーションといった裏方仕事だけでなく、歌手となってコンサートを…

【週刊800字書評】『実況・料理生物学』 小倉明彦/文春文庫

料理しながらゆるく楽しく学ぶ! 金曜日16時半すぎ、大阪大学豊中キャンパス、理学部学生実習室。15名ほどの学生が講義を受けている。科目名は「料理生物学入門」。今日は小麦粉を捏ねる作業が中心だ。 P(教授) 生地を寝かせている間に、今の作業が、小麦…

【週刊800字書評】『雪盲 SNOW BLIND』 ラグナル・ヨナソン/吉田薫訳/小学館文庫

アイスランド最果ての地の群衆劇 舞台の紹介から始めよう。 シグルフィヨルズルは、アイスランド北部の最果てにある人口1200人ほどの港町。首都レイキャヴィークより北極圏に近く、環状に連なる山とフィヨルドに囲まれて、空はいつも雲に覆われ灰色にくすん…

【週刊800字書評】『時間のないホテル』 ウィル・ワイルズ/茂木健訳/東京創元社

閉鎖的無限回廊をゆく娯楽SF 原題は「THE WAY INN」で、本書に登場するホテルの名称である。どんなホテルか解説すると、世界各地に五百軒以上店舗を構える有数のホテルチェーンで、客室は百室以上。建物全体に最新設備がそなわり、巨大で魅力あふれる建築物…

【週刊800字書評】『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』 川上和人/新潮社

ボケを挟まないと死んじゃう鳥類学者 文筆家ではないのに、才気煥発な文を書く人がいる。著者もその一人であろう。簡単にプロフィールを書くと、本業は森林研究所の研究者。鳥類学を専門とし、テレビの自然番組や図鑑の監修を多く手掛けている。また、主な調…