活字耽溺者の書評集

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【800字書評】人生を変える贅沢ミステリ――『カササギ殺人事件』 アンソニー・ホロヴィッツ/山田蘭訳/創元推理文庫

人生を変える贅沢ミステリ

 この本は、わたしの人生を変えた――。本書のプロローグにて、語り手の「わたし」がそんな述懐をする。読んだ後、それまでの棲み家を離れ、編集の仕事も辞め、多くの友人を失った、と。なんとも不気味でぞくぞくする忠告である。
 そうして幕を開けるのが、作中作、『カササギ殺人事件』だ。著者はアラン・コンウェイというイギリスのミステリ作家で、本作は名探偵アテュカス・ピュント・シリーズの第9作にあたる(ご丁寧なことに、本扉やら作者と既刊の紹介やらシリーズへ寄せられた絶賛コメントまで付いている)。
 ピュントが今回挑むのはこんな事件だ。1955年7月、サマセット州のとある屋敷で、老家政婦が階段の下で首の骨が折れた状態で死亡しているのが発見される。屋敷はすべて鍵がかかっており、コードか何かに足を引っかけて落ちたものかと推測された。しかし、彼女の葬式ののち、村では空き巣があったり、不審者が目撃されたり、毒薬が消えたりと、奇妙な出来事が頻発するようになる。
 一連の出来事に引っ掛かりを覚え、動き出した老探偵ピュントだったが、彼はある重大な問題を抱えていた。実は彼は病のために余命2、3ヶ月だと宣告されていたのだ。迫り来る死期に抗いながら、ピュントは頭脳を働かせる……。
 古風な舞台設定やガジェットを見てミステリファンならおよそ察するだろうが、この作中作はアガサ・クリスティ作品のオマージュだ。しかもど真ん中直球勝負の正統派犯人当て本格ミステリである。
 さらに特筆すべきは、冒頭で入れ子構造であることが示されているとおり、語り手の「わたし」と、この本を巡るイギリス出版界の騒動も直球勝負のミステリとなっているのだ。贅沢すぎないか。おまけにパロディやノンフィクションのような趣向もあり、いやあもう、とにかく遊び心満載、もはや人生を変えるどころか読書の沼に引きずり込まれてしまうほどの吸引力である。掛け値なしの必読本、徹夜本だ。ミステリ好きのみならず出版業界人も読むべし。(814字)