活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【800字書評】昭和の熱気を封じ込めた評伝――『コックリさんの父 中岡俊哉のオカルト人生』(岡本和明、辻堂真理/新潮社)

 私事から始めるが、筆者は平成生まれである。昭和という時代、すなわち高度経済成長やらオイルショックやらバブル景気やらについて何も知らない。いや、知識として知ってはいるが、体験していない以上、どうも遠い世界の出来事に感じられてしまう。

 閑話休題、本書は昭和時代に吹き荒れた超能力ブームの旗手である超常現象研究家・中岡俊哉(本名・岡本敏雄)の評伝だ。現在でも、心霊現象を題材にしたテレビ番組や雑誌をよく見受けるが、そういったオカルトものの原点とでもいうべき人物である。自分の知らない時代を知るには、その時代を生きた人について書かれた本を読むのがいちばんだ。読み始めてすぐ、その面白さにぐいぐい牽引されていった。

 とにもかくにも中岡俊哉の仕事量が凄い。74年の生涯において、200冊(!)もの書籍を著し、84年には年間で26冊出版という驚異的な記録を叩きだす。しかもこれはテレビ出演をこなしながらの数字なのだ。番組制作としては、「スプーン曲げ」の超能力者ユリ・ゲラーや透視能力者クロワゼットの出演に粉骨砕身し、こちらも高い視聴率を獲得。さらにその合間で、「七疑三信」(7割疑い、3割信じる)を信念に、視聴者から寄せられた膨大な心霊写真の分析、コックリさんといった都市伝説の研究も行ったのだから、まさしく八面六臂の活躍と言うほかあるまい。

 そこまで中岡を突き動かした動力源は何か。本書では、メディア露出する前の中岡の経歴にも詳細に触れている。1943年、17歳の中岡は馬賊に憧れて、単身満州に飛び立つ。そこでおそらく後の人生に影響を与えた臨死体験をし、終戦後も中国に残って革命戦争に参加。1958年に帰国するまでのこの14年間に集めていた中国の民間伝承や怪異譚が、オカルト研究家・中岡俊哉誕生に大きく関わったのであった。

 時代を生きたのではなく、自分の時代を作り上げた男。行間から滲むのは、出版やテレビ業界がほとばしらす熱気だ。本書を読み終えたあとも、しばらく浮かされたような気分が抜けなかった。(826字)