活字耽溺者の書評集

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【週刊800字書評】『渇きと偽り』 ジェイン・ハーパー/青木創訳/早川書房

渇く心、湿る筆

 ゆっくりと着実に進行する天災、日照り。雨が降らず、高温の日々が続き、水不足をもたらす。日本でも馴染みある災害の一つだが、本書の舞台であるオーストラリアでは深刻な問題となっている。その頻度たるや、十年から二十年に一度は干魃に襲われ、農作物の生産に大打撃を与えているそうである。

 物語は、そんな干魃の被害が拡大する田舎町キエワラに、連邦警察に勤める主人公アーロン・フォークが帰郷する場面から始まる。彼が二十年ぶりに故郷に戻ってきたのは、親友ルークの葬式に参列するためだ。ルークは、どういう事情か、突如として自身の妻子をショットガンで殺害し、自殺するという、残忍極まりない事件を起こしていた。

 だが、フォークは、事件捜査などするつもりは毛頭なかった。彼は、ティーンエイジャーのとき、付き合いの深かった少女の死をめぐり犯人扱いされ、父親とともにキエワラを逃げるように脱出した過去を持っていた。二十年経っても白眼視される状況は変わっておらず、一刻も早く自宅のあるメルボルンに戻りたかった。

 ただ、ルークの両親から、妙な手紙を受け取っていた。「ルークは嘘をついた。きみも嘘をついた」。少女の死に際して、フォークとルークの間で交わされた秘密を告発する内容であった。フォークは彼らの懇願を受け、不承不承、二つの事件の真相究明に動き出す。しかし彼を待っていたのは、干魃によって荒涼とする住民たちからの激しい反発だった……。

 現在と過去のカットバック、閉鎖的な田舎社会、封印した記憶との対峙と、既視感のある設定や展開が目白押しだが、それでも吸引力が凄まじいのは、新人作家とは思えぬほど成熟した筆致のためだ。渇き切った大地の上で、湿り気をもって描かれる醜怪な人間模様と欺瞞。その澱みの渦の中で繰り広げられる推理の緊迫性はもはや圧巻、練達の技である。

 著者ジェイン・ハーパーは英国マンチェスター生まれの女性ジャーナリストで、本書がデビュー作。この堂々たる書きぶりだ、次作が楽しみでしかたない。(829字)