活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【800字書評】本屋あるあるは万国共通――『この星の忘れられない本屋の話』(ヘンリー・ヒッチングズ編/浅尾敦則訳/ポプラ社)

 本書は世界で活躍する作家15人によるアンソロジーである。テーマは本屋にまつわる個人的な思い出だ。序文で編者が簡潔に説明しているので、引用してみよう。

 そこは薬局の役目も果たすし、いろいろなものが混在する奇跡の場所になり、秘密の花園になり、イデオロギーの火薬庫になり、陳腐で饒舌な世界に異議申し立てをおこなう舞台になり、安全と正気を保証する場にもなる。そして、光差さない穴蔵であると同時に闇を照らす灯台でもあるという、ほかに類のない場所なのだ。

 良き書き手となるためには、良き読み手であることが肝要であり、優れた本屋はそれを裏で支えてくれる力を持つ。だが現在、世界的に書店経営が危機に瀕しているのもまた事実で、本書はそれを憂慮して生まれた一冊でもある。

 なんにせよ、読書家や物書きにとって本屋は特別な空間である。たとえば、ウクライナの小説家アンドレイ・クルコフは、かびくさい古本の匂いに恍惚しながら存在しない作家の存在しない本を探す奇人愛書家だ。コロンビア人作家フアン・ガブリエル・バスケスは、デビュー前、本屋でバルガス=リョサの隣に自分の名前が並ぶことをムフムフ妄想していたと明かし、インターネットは予想外のものと出会うチャンスがないと嘆く。

 精神安定のために、読書や本屋が欠かせない人もいる。北京生まれのイーユン・リーは貧しい中学時代になんとか買った英中辞典を貪るように読んだ。ケニア生まれのイヴォーン・アジアンボ・オーウーアーは、自分を見失わないためにぶらぶら本屋にやってくる「ブック・ピープル」に共感を覚える。

 他にも、読書を薬物にたとえてキメるのを楽しむ旧ユーゴスラヴィア生まれの作家や、反政府デモ直前の緊迫した空気の中でサイン会を敢行したエジプト人作家など、瞠目するような内容のエッセイを披露する人もいる。とにかく、全世界の気鋭の作家を集めたという惹句は伊達ではなく、どの篇もキレがあり愉快だ。本読みが本屋に対して抱える思いは、万国共通なのである。本好き(特に海外文学ファン)はみんなこの本を買うべきですぞ。(853字)