活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『ドローンランド』 トム・ヒレンブラント著 赤坂桃子訳 河出書房新社

ドローンランド

ドローンが溶け込んだ未来で

 昨今世間の耳目を集める無人航空機ドローン。メディアで有用性やら問題点やら盛んに報道されているが、では実際問題として、このドローンは今後どのような影響を及ぼしていくのか? そんなクエスチョンに答える本書は、タイトルどおり、ドローンであふれ返る社会を描いたディストピア小説である。

 アメリカが零落し、ブラジル、アラブ諸国、EUが覇権を争う未来。ブリュッセル郊外の農地で、顔面を吹き飛ばされた欧州議会議員が発見される。ユーロポール主任警部のヴェスターホイゼンは、アナリストとともにドローンや最新コンピュータを活用し、長官からの圧力に耐えつつ、二日後には事件を解決に導く。しかしそれは監視社会の恐怖のほんの始まりにすぎなかった。

 作品を彩るのは最先端テクノロジーの数々だ。メガネ型情報端末「スペックス」、情報収集を行う多種多様なドローン、その膨大な情報を管理する捜査コンピュータ・データベース「テリー」……。極めつきは「ミラースペース」。これは集められたデータをもとに犯行現場を完全再現したヴァーチャルリアリティ空間で、時刻を調節し過去に遡ってシミュレーションが可能である。つまり殺害の瞬間を再演できるのだ。しかも、ミラーリングと呼ばれる手続きを踏むと、ミラースペースに入り込むことまでできてしまうのだ。

 これだけ高性能なガジェットがそろうと、額に汗かき靴底すり減らして歩き回る捜査はもはや時代遅れというほかない。元軍人で古いハリウッド映画鑑賞が趣味のヴェスターホイゼンは、作中で自分を「旧式の人間だ」と述懐するとおり、テリーやミラースペースが苦手な人間だが、コンピュータに頼ること自体に不満はない。だが、ミラーリング中に、データ上に存在しない謎の人物が出現し、事件の再捜査を迫られると、その陥穽に否応にも向き合わされる羽目になる。

 とはいえ、重苦しいストーリーでは全くない。全編を通してくどくどした説明がほとんどなくシームレスに展開するので、キレのいい社会派エンターテイメントとなっている。物語に溶けきった時代背景や国際情勢を裏読みするのも面白さの一つだ。ドイツ語圏の主要ミステリ賞・SF賞を獲ったのも納得である。

 

ドローンランド

ドローンランド

 

 

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)

一九八四年[新訳版] (ハヤカワepi文庫)