活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【週刊800字書評+α】『怒り』 ジグムント・ミウォシェフスキ/田口俊樹訳/小学館文庫

ポーランドのピエール・ルメートル登場

 本書はポーランドのミステリー作家ジグムント・ミウォシェフスキのテオドル・シャツキ検察官シリーズの第三作で、完結篇である。初邦訳なのに、最終作からとはこれいかに。加えて、著者は本国で「ポーランドのピエール・ルメートル」と呼ばれ、本人も満更ではないらしく、作中でシャツキ検察官に「たいていのミステリーは先が読めてしまうが、ルメートルは違う(大意)」なんてセリフを言わせていたりする。

 と、鳴物入りの本作だが、ルメートルの著作に負けず劣らず、ただならぬ仕掛けと演出が用意されている。それゆえに、内容に踏み込みすぎると読書の興を著しく削いでしまうため、本稿では登場人物を簡単に紹介するだけにとどめようと思う。

 まず主人公であるテオドル・シャツキ。ポーランド北部の地方都市オルシュティンの検察局に勤め、「あなたほど検察官らしく見える人はいない」などと上司に言われるほどスーツが似合う中年男である。仕事に誇りを持ち、刺激的な事件を常に希求しているが、その気持ちの強さゆえか、いつもぷりぷり管を巻いている。オルシュティンの交通渋滞はクソ、ドイツ人腹立たしい、メディアとなんか関わり合いになるべきでない云々。また、魅力あふれる女には目がなく、特に今の妻であるゼニアとはラブラブで、前妻との娘であるヘレナにもお構いなく、しょっちゅう愛し合っている。

 シャツキの脇を固める人々もユニークだ。ダンサー体型で頭の切れる部下ファルク、交通課から転属したばかりの新米刑事ビェルト、マッド・サイエンティストそっくりでもったいぶる口調が鼻につくフランケンシュタイン教授……。

「地下の防空壕で見つかった白骨死体が、実は十日前まで生きていた」というつかみだけでも面白いのに、これらクセのある登場人物たちがアクセントとなって、話の渦に強引に引きずり込んでいく技巧がたまらない。不吉な影が物語の底であからさまに牙を剥いているにもかかわらずにだ。

 本書を買った暁には、訳者あとがきも裏表紙の内容紹介も見ず、ブックカバーをつけて早急に読み始めるのが望ましい。(853字)

 

 ポーランドつながりで、今回は+αとして、同時期に出た本をもう一冊紹介。

『物語 ポーランドの歴史』 渡辺克義/中公新書

 ポーランドの千年余りの歴史を読みやすくコンパクトにまとめた入門書。

 ポーランドは、悲劇的な歴史を歩んできた国で、中世においてはヨーロッパ随一の大国であったが、ロシア・プロイセンオーストリアによる三国干渉で分割され、123年間独立を失う。第一大戦終結によってようやく回復したと思いきや、今度はナチスドイツに侵略されまたしても分割される(あの悪名高きアウシュヴィッツ収容所が置かれたのはポーランド南部のオシフィエンチム市である)。第二次大戦後は再び独立国となるが、実質的にはソ連による間接統治であり、1989年に民主化が実現するまで続いた。

 このように複雑で、長きに渡る苦難の時代を経たため、ポーランド史にはたびたび「蜂起」が登場する。本書はポーランドに馴染みのない読者のため、平易な文章が心がけられているが、この淡々とした記述から滲み出るポーランド人たちの闘いと挫折に、胸をかき乱されて仕方がない。ポーランド文化に関するコラムも充実し、たいへん興味を引かれる一冊である。現在のポーランドの若年労働者の豊かさはEUでトップクラスであるとはちょっと驚きました。(470字)