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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

【週刊800字書評】『雪盲 SNOW BLIND』 ラグナル・ヨナソン/吉田薫訳/小学館文庫

アイスランド最果ての地の群衆劇

 舞台の紹介から始めよう。

 シグルフィヨルズルは、アイスランド北部の最果てにある人口1200人ほどの港町。首都レイキャヴィークより北極圏に近く、環状に連なる山とフィヨルドに囲まれて、空はいつも雲に覆われ灰色にくすんでいる。かつては漁業の中心地として栄え、特にニシン漁は最大の漁獲量を誇ったこともある。

 物語は、24歳の新米警官アリ=ソウルがこの小さな町に赴任したところから幕を開ける。フィヨルド特有の険しい崖や切り立った山々から滲む閉塞感。噂や秘密は瞬く間に広まる狭い地域社会。レイキャヴィークに置いてきてしまった恋人クリスティン。序盤はこれらの憂いごとが重なってホームシックに苦しむアリ=ソウルの姿が綿密に描かれる。章の合間に差し挟まれる謎の押し入り強盗の記述も相まって、話はますます明度が落ちていく。

 やがて季節は冬となり、一日の日照時間が3時間にまで縮んで、町は絶えず降る雪に閉ざされる。そして、寒さが最も厳しくなる1月、市民劇団の主宰者で国民的老作家の転落死と、雪原で女性が刃物で切られ瀕死の重傷を負わされる事件が相次いで発生し、町は混迷を深める……。

 なにやら暗い紹介になってしまったが、実はそこまで重苦しい話ではない。もっというと、他の北欧ミステリ作品と比較すると、暴力性や外連味がかなり薄い。短い章割りで、かつ事件関係者たちのあいだで頻繁に視点が切り替わるため、どちらかといえばアリ=ソウルを中心とする群衆劇といってよく、そのアリ=ソウルも、自分探しの延長で警察官になっただけありまだまだ尻が青い甘ちゃんのため、ヤングアダルト小説のような雰囲気もある。

 しかし、そういった側面にばかり気を取られると、意表を突く華麗な収束を見逃すのでなかなか油断ならない。著者が“アイスランドアガサ・クリスティ”の異名をとるのも納得のストーリーテリングである。何より翻訳が良く、澱みなく読めるのがいい。続刊の邦訳が待ち遠しいシリーズが増えて嬉しい限りだ。(816字)