活字耽溺者の書評集

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【書評】我々の祖先はいかに日本を目指したか? 知的妄想はかどる興奮の書『サピエンス日本上陸 3万年前の大航海』(海部陽介/講談社)

サピエンス日本上陸 3万年前の大航海

台湾から与那国島へ、3万年前の大冒険を再現する

 知的妄想を喚起する本である。概説すると、3万年前、我々の祖先はいかにして日本列島を目指したか、仮説を重ね実際に実験航海を行い徹底的に検証したノンフィクションだ。舞台は台湾と与那国島の海峡約200キロメートル。国立科学博物館で人類史研究グループ長を務める著者をリーダーとする本プロジェクトは大いに注目を集めた。
 まずは前提知識の共有をしておこう。列島にホモ・サピエンスが出現したのは最終氷期の終わり頃、3万8000~2万5000年前である。当時は海面が低く、大陸・列島共に今より陸地面積が広かった。遺跡の発見年代を鑑みるに、彼らが使った渡来ルートは三つある。古い順に、朝鮮半島から対馬を経由、九州に至る対馬ルート、台湾から北上して沖縄島へ向かう沖縄ルート、シベリアから北海道へと続く北海道ルートだ。
 このうち、対馬ルートは大陸との一番太いパイプで、旧石器時代だけでなく縄文時代も人々の往来があった痕跡がある。よって、日本列島の殖民は対馬から、と結論できそうだが、意外な事実がある。沖縄ルート上の琉球列島の遺跡から見る当時の生活が、旧石器時代にしてはかなり贅沢なのだ。要するに、沖縄ルート最古説も捨てがたいのである。
 こうした仮説から、著者は台湾~与那国島の海峡に目を向ける。いかにして彼らはこの海を渡ったのか。この興味は、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」と題された大規模実験へとつながっていく。著者の思いはこうだ。

 私たちのプロジェクトでは、「行けるかどうか」よりも、人類最古段階の海への挑戦者たちにとって、「行くことがどれだけ難しかったか」に関心がある。祖先たちが島へ渡ったことは、すでにわかっている。知りたいのは、「彼らがどんな挑戦をしたか」なのだ。

 そんなわけで、旧石器人の技術力と苦労を理解すべく、舟造りからスタートする。候補は、草たば舟、竹いかだ舟、丸木舟だ。材料の採集に始まり、数少ない職人の知恵を借り、スタッフ・参加者みなが協力して建造、テスト航海に繰り出す……この過程もなかなか面白い。専門書で当時の舟のつくりが説明されていても、実際に浮かべてみると色々な発見や問題が見えてくるからだ。
 問題といえば、大事なことを書き忘れていた。台湾から与那国島に向かうにあたり、乗り越えねばならない障壁が二つある。
 一つは、台湾から与那国島を視認するのがひじょうに難しいこと。著者が現地調査したところ、標高1000メートル級の山の海側で、朝か夕方の雲がないときに水平線ぎりぎりにシルエットが浮かび上がる程度だった。まさに幻の島だ。先述したとおり、当時は海面が今よりも下がっており、視力に優れる狩猟民なら見えていただろうけれど、そんな状態でよく大航海に出たものである。
 そしてもう一つ、最大の難関が、黒潮である。東シナ海を北上し、日本列島の南方から洗うように流れるこの世界最大級の海流は、台湾沖で秒速1~2メートルに達する。幅は最大100キロメートルで、3万年前は現在よりもやや強かったと推定されている。当然のごとく、草や竹、木の舟では簡単に流されてしまう。旧石器人たちは、漁などで陸地から離れるほど流れが早くなるほどの認識はあったと考えられるが、なんであれ、与那国島に到達するためには黒潮を計算に入れなければならない。

 黒潮を超え、海上で島を発見する。さらには所要時間が2日以上かかるため、暑さ、疲労、眠気と闘い続けられるエネルギーと精神力が求められる。まさか嵐の日に出かけるわけには行かないので、天候判断も重要だ。テスト航海を経て舟が決定、ベテランカヤッカーやリバーガイド、モンベル社員など、体力経験に自信のある男女の漕ぎ手7名を集め、2019年7月7日、ついに時は満ちる。ここからの大冒険の克明の記録がまたすこぶる面白い……のだが、そこまで書くと興を削いでしまうので、結果は本書を読んで確かめられたい。
 それにしても、我々の祖先はなぜここまで命を落としかねない難しい挑戦をしたのか。霞の向こうにある島に行かずとも、大陸での狩猟採集で十分に生活できたはずである。だが、よくよく考えてみれば、今の人類だって、スポーツやら芸術やら学問やら、生命維持に必要のない活動に熱心に取り組んでいる。このプロジェクトで見えてきたのは、3万年前の人々の中にある、無駄なことへの情熱の萌芽だ。なんとロマンのある話だろうか! 胸の高鳴りを抑えられない一冊である。

サピエンス日本上陸 3万年前の大航海

サピエンス日本上陸 3万年前の大航海

  • 作者:海部 陽介
  • 発売日: 2020/02/13
  • メディア: 単行本
 
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