『カルニヴィア 1 禁忌』 ジョナサン・ホルト 奥村章子訳 ハヤカワ文庫NV
水の都で繰り広げられる三人の暗闘
雪舞うヴェネツィアの夜。教会の石段に、奇妙な女性の死体が流れ着いた。頭部に二つの銃創。カトリックの女性には許されない司祭の恰好。そして、腕には不気味な紺色のタトゥー。すべてが、尋常ならざる事件であることを示していた。イタリア憲兵隊の大尉カテリーナは、上官のピオーラ大佐とコンビを組んで捜査を開始する。
時を同じくして、米軍少尉のホリーは、任地異動で来たばかりヴェネツィアの駐留基地で、《戦時下の女性》という雑誌の女性編集長と面会する。目的は、旧ユーゴスラビア内戦時における会議の議事録、民間人への残虐行為、組織的強姦の記録等の情報開示請求。ホリーは、陰謀論者にならないようにと自戒しつつ、資料探しに尽力する。
一方、天才ハッカーのダニエーレは、その卓越した数学的才能をもってヴェネツィアの街を克明に再現したソーシャルネットワーク「カルニヴィア」をめぐって、量刑を待っている最中であった。おまけに、そのカルニヴィアを通して個人攻撃も受けており、敵を捜し出そうとネットワーク内を隈なく調べ始める。
物語はこの三つの視点がカットバックして進む。どちらかといえばミステリにはよくある構成で、三人がどのように交錯していくのかはもちろん読みどころの一つである。しかし、力点が置かれているのはカテリーナとホリーだ。
この若いヒロイン二人は、それぞれの謎を追うにつれて、女性が虐げられてきた歴史に何度も直面する。美しい都市ヴェネツィアの裏社会、キリスト教世界――物語がヨーロッパ現代史の暗い背景にまでスケールアップすると、憲兵隊と軍隊という男社会で気丈に身を振る舞ってきた二人でも、その醜悪さに怒りを隠しきれなくなる。
後半、そんな動的なヒロイン二人を静的なダニエーレが補佐して、巨悪と対峙する展開はスリリングで惹き込まれる。そもそも、上官ピオーラとのロマンスに一喜一憂する女憲兵と気が強くタフな女軍人に、過去の事件の影響で人と接触したがらないコンピュータオタクの男という組み合わせ自体がとても面白い。
著者ジョナサン・ホルトはロンドン在住の作家。広告会社のクリエイティブ・ディレクターをつとめてもいる。本書は『カルニヴィア』三部作の第一作で、処女作でもある。フィクションであるとの断りはあるものの、本書が照射した戦争の現実は、いくつかの事実の上に成り立っている。決してアクションばかりでなく、社会派サスペンスとしても重厚で理知的なのが魅力の一冊だ。