活字耽溺者の書評集

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【書評】読者の頭脳と理解力が試される――『イヴリン嬢は七回殺される』(スチュアート・タートン/三角和代訳/文藝春秋)

イヴリン嬢は七回殺される

※この記事は週刊読書人からの転載です。

読者の頭脳と理解力が試される一冊

 森の中にたたずむ古めかしい屋敷を想像していただくところからはじめよう。プール、厩舎、湖、ボート小屋、野外音楽堂に家族墓地まで備えるほどの広大な敷地。その日は仮面舞踏会が催されるため、招待客と使用人が行き交い、慌ただしくも大いに賑わう屋敷内外。招待主はハードカースル一家……。

 そんな「ブラックヒース館」で、主人公の「わたし」は知略を尽くして動き回る。中世の黒死病医師の格好をした謎めいた人物から、こんなことを告げられたからだ。今夜、ハードカースル家令嬢イヴリンが殺される。きみはその謎を解いて真犯人を見つけ出さなければ、この一日が延々と繰り返される。また、この日は八回繰り返され、きみは八人の異なる宿主の目を通じて真相を突き止める必要がある。失敗すれば記憶を消されて最初の宿主からやり直しだ、と。

 というわけで本書は、アガサ・クリスティばりの英国カントリーハウスを舞台に、SF的なタイムループに人格転移と、濃厚な設定・ガジェットをふんだんに詰め込んだ、二段組四百ページの大作ミステリである。とはいえ、視点の切り替えや登場人物の入り乱れ方からして、小説を読んでいると言うよりはアドベンチャーゲームをプレイしているような感覚だ。ややこしいことに、館には謎を追う競争相手も存在し、主人公を付け狙う襲撃者も息を潜めているので、漫然と読んでいると何がどうなっているのか混乱してしまう。読者の頭脳と理解力がこれでもかと試される挑戦的な一冊とも言えそうだ。

 また、いくら複雑怪奇とはいえ、視点が八つもあれば容易く解決できるだろうと思う向きがいるかもしれない。が、この作品における人格の転移は、宿主の性格に影響を受けてしまう。つまり、あまり頭の良くない人物に宿ると、主人公の意識もそれに引きずられて頭が悪くなってしまうのだ。なんと厄介な枷か。

 しかも何の因果か、主人公が宿る人間はろくでなしばかりである。たとえば麻薬の密売人という裏の顔を持つ医者。老いてなお狡賢く尊大な銀行家。癇癪持ちで数多くの女に暴行を働いてきた男……。次第に明るみになっていく館の真実もこれまた嘘や策謀、裏切りの連続でどす黒く、かえって清々しさを覚えるほどだ。

 著者はイングランド北西チェシャー州出身のジャーナリストで、本書が作家デビュー作。執筆には三年かかった。訳者あとがきでは、表計算ソフトで主要登場人物の二分ごとの行動表を作成したり、書き始めて数ヶ月後にどうしても直せない矛盾が発覚してそれまでの四万語を捨てたりと、その紆余曲折の過程だけでも読み物として成立しそうな逸話が紹介されている。この苦労が実り、出版されるや否や話題沸騰、二〇一八年のコスタ賞新人賞をはじめ、世界各国で高い評判を受けた。

 僭越ながら、最後に助言を少し。本書は時間と体力に余裕のある休日などに、一日がかりの一気読みを奨める。そうすればきっと、凄まじいカタルシスを得られること請け合いだ。

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