活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『科学捜査ケースファイル』 ヴァル・マクダーミド/久保美代子訳/化学同人

※この記事はHONZからの転載です。

凶悪犯罪と法科学の歴史200年

 科学捜査は、多くのミステリードラマや推理小説の題材として扱われてきた。代表的なのは、アメリカ発のテレビドラマ『CSI:科学捜査班』や『BONES─骨は語る─』シリーズだ。日本でも『科捜研の女』が安定した人気を誇っている。推理小説は枚挙に暇がないが、アーサー・コナン・ドイルが1887年に発表した探偵シャーロック・ホームズ初登場作『緋色の研究』で、ホームズが行う綿密な現場検証や、「葉巻の灰による銘柄の同定」「血痕の試験」の話は、現在の科学捜査の原点といっても過言ではない。

 このように馴染み深い捜査手法であるが、現実とフィクションが違うのもまた事実である。実際のところ、科学捜査官たちはあの非常線の向こう側で何をしているのか? そんな素朴な興味から、英国を代表する犯罪小説家である一方で、真実への欲求も強い著者は、一流の法科学者たちに話を聞く旅に出た。浮かび上がってきたのは、身の毛もよだつ凶悪犯罪に対し、正義の鉄槌を振り下ろさんと苦闘する法科学者たちの姿であった。本書はその200年に及ぶ歴史を余すところなくまとめた一冊である。

 現在、犯行現場において、科学捜査官が出するのは、殺人の疑いが濃厚となったときだ。上級捜査官からの呼び出しを受け、現場に到着すると、まず防護具で完全装備する。自分のDNAによる汚染を防ぎつつ、血液や吐瀉物などによるバイオハザードから身を守るためだ。

 そうして、犯人の特定に役立ちそうな証拠探しが始まる。血痕、指紋、足跡、毛髪、DNA、衣服の繊維。場合によっては被害者の身体もチェックする。1910年に世界初の科学捜査研究所を開設したフランス人のエドモン・ロカールは、犯行現場の証拠について、次のように述べている。

あらゆる接触には痕跡が残る。

ロカールの交換原理」と呼ばれるこの言葉を守りつつ、科学捜査官たちは、殺害現場だけでなく、容疑者の逃走経路や移動に使った乗り物、死体が移動されていた場合の移動先など、一件の殺人事件で5、6箇所の関連現場を調査し、証拠となりそうなものやデータを収集する。しかし彼らの仕事はこれからが本番だ。法科学のそれぞれのカテゴリーでの証拠の検査が待っているのだ。本書のキモはここである。

 たとえば血を調べるとなれば、血痕分析とDNA鑑定が用いられる。血痕分析は、一言で説明すれば、飛沫血痕の形状や位置によって、凶器や殺害状況を推理する方法だ。DNA鑑定は1980年代に確立されて以降、科学捜査に劇的な変化をもたらし、現在では「ゴールデン・スタンダード」と言われるほど重要な方法となっている。また、DNAと同じく指紋もその人固有のものであり、身元の特定に大いに寄与している。

 死体の外表や内部での異常の調査となれば、法病理学の出番だ。検死である。打撲痕、擦過傷といった外傷から死因を特定したり、病気の有無を確認したり、死亡時刻の推定をしたりする。一見他殺のように見えても、直接の死因は自殺や事故である場合もあるため、簡単に答えが出ることはほとんどない。テネシー大学の人類学研究施設では、人体の腐敗が環境といかに相互作用するか研究するため、献体を様々な状況下に放置し、腐敗するままにしている(このため、この施設は「死体農場」とも呼ばれている)。

 死亡時刻の推定には昆虫も利用されている。法医昆虫学は、蛆虫の発育速度や摂食活動から、死亡時刻や死因を割り出す学問である。実は、死体に群がる昆虫たちには到着の順番があり、季節や温度を考慮しつつ、蛆虫の種類や太り具合を調べれば、その人間が死体となってから流れた時間がわかるというわけだ。中でもクロバエは嗅覚が非常に鋭く、100メートル先の血液や腐肉のかすかな臭いを感知し、どの昆虫よりも早く死体に卵を産みつけるので、法科学界の究極の指標と見なされている。

 いくつかかいつまんで見てきたが、本書ではこのほかにも、殺人に使われた毒物を同定する毒物学に、白骨死体の分析を行う法人類学、頭蓋骨やDNAから顔を復元する「複顔」技術などが紹介されている。監視カメラやコンピューターに残った情報を追うデジタル・フォレンジック、プロファイリングの名で知られる法心理学なども、科学捜査の一環だ。

 だが、捜査ツールが増えているとはいえ、科学は万能ではないことも常に念頭に置いておかれたい。前述のDNA鑑定は、警察にとって頼もしい武器だが、誤った推測を招くこともある。事件とは無関係の人のDNAが現場に存在し、容疑をかける相手を間違えて冤罪となってしまうケースがそれだ。個人を特定できるのは魅力的だが、絶対視は危険である。他の検査も、ヒューマンエラーが入り込む可能性は否定できない。

 そうした労苦を乗り越えて、集められた証拠が厳しく精査されるのが、法廷だ。法科学者は証人として出廷し、知識を総動員させこの最終試験に耐えなければならない。なぜなら、相手側の弁護士は、証言の確かさのみならず、時として法科学者本人の人格や評判を貶めにかかるからだ。「そんなのただの偶然でしょ」「あなたはあなたの上司と深い関係なのでは?」といった具合に。

 英国は対審制度を採用しており、陪審員へのアピールのためこんな芝居めいたやり取りが行われているのだが、この現実に悩む法科学者も多い。犯罪捜査だけでなく、紛争や虐殺の現場に赴き、骨格遺物の回収と身元確認の仕事もしているある法医人類学者は、法廷での証言についてこう語る。

法廷を出るときは、世界的な専門家のままか、世界的な間抜けになっているかもしれない。私は両方を経験したことが……。

 とはいえ、反対尋問は、証拠の強固さを示すこともあるため、決して悪い面ばかりではない。法廷があるからこそ科学者として鍛えられると言う意見もある。本書は科学捜査の発展の歴史がメインだが、こうした一筋縄ではいかない人間ドラマが構成要素となっているのも面白いところだ。

 驚きのエピソードをもう少し挙げてみよう。虚栄心のあまり、過去8年にわたる連続放火を小説にして暴露した消防署長がいた。モルヒネを利用し、210人以上を殺害した医師がいた。初めて犯罪者のプロファイルが描かれたのは、1888年の「切り裂きジャック」事件だとされている。20世紀初頭に活躍したある法病理学者は、その人当たりの良さと知識をもって法廷で何百人もの犯罪者の有罪判決に貢献したが、現在では少なくとも2回の誤審と、それより多くの疑わしい評決に関わっていたと考えられている……。

 もし今、完全犯罪を目論むのならば、血や毛髪を落とさないようにするだけでなく、死体の傷、監視カメラ、それにクロバエにも注意しなければならない。ここまで捜査の精度が高められたのは、それだけ数多くの事件と失敗、そして反省が積み重ねられてきたからだ。まさしく創作のネタの宝庫である(ただし、食事どきに本書を開くのはおすすめしない)。しかしひとまずは、凄惨な現場や人間の暗い部分と真摯に向き合い、法の裁きの一助となってきた法科学者たちに、敬意を表したい。(2829字)

 

【週刊800字書評】『歌うカタツムリ 進化とらせんの物語』 千葉聡/岩波科学ライブラリー

たかがカタツムリ、されどカタツムリ

「およそ200年前、ハワイの古くからの住民たちは、カタツムリが歌う、と信じていた。」

 そんな、ファンタジー小説のような書き出しで始まる本書は、岩波科学ライブラリーから発売された至って真面目な科学書だ。著者は進化生物学と生態学の専門家で、小笠原諸島を出発点に、世界中のカタツムリを追いかける研究者である。無論、本書の軸はあの小さくてかわいらしいカタツムリの研究史紹介なのだが、これがなかなか凝った構成で語られるので面白い。

 内容に入ろう。カタツムリ研究は、進化論とともに発展してきた。端を発するのはダーウィンの「自然選択説」である。厳しい環境に適応できた種が生き残り、進化に方向性を与え、新たな種へと変化していく考え方だ。しかしその後、これだけではすべての進化を説明できないとして、繁殖の成功は偶然によってもたらされるとする「遺伝的浮動」の考え方が提唱される。この二つは頻繁に対比され、激しく火花を散らしていく。

 この大論争で科学者たちが持ち出してきたのが、カタツムリだ。たとえば、19世紀末に宣教師として布教活動も行っていた貝類学者ジョン・トマス・ギュリックは、ハワイ諸島固有のカタツムリ(ハワイマイマイ類)が、島や谷ごとに隔離されて多様な種に分かれていることから、ランダム進化説(後の遺伝的浮動)を提示した。相手の理論を打ち負かすには、自分のモデルの正当性を証明するしかない。多くの学者が、カタツムリを使った実験と理論の提唱に明け暮れた。

 議論に勝ったり負けたり。行ったり戻ったり。沈静化したかと思えば、再燃する。それはちょうど、カタツムリのらせんのようである。何度もめぐる。繰り返す。もっといえば、人間の歴史とそっくりだ。

 そしてそのらせん構造を体現するように、冒頭の謎めいた逸話のオチが、ラストで示される。そのとき読者は感じる。カタツムリの歩みは遅々としているけれど、確実に前へ進んでいるのだ、と。ちっこいカタツムリに壮大なロマン。ユニークなたくらみが込められた一冊である。(832字)

 

【週刊800字書評+α】『怒り』 ジグムント・ミウォシェフスキ/田口俊樹訳/小学館文庫

ポーランドのピエール・ルメートル登場

 本書はポーランドのミステリー作家ジグムント・ミウォシェフスキのテオドル・シャツキ検察官シリーズの第三作で、完結篇である。初邦訳なのに、最終作からとはこれいかに。加えて、著者は本国で「ポーランドのピエール・ルメートル」と呼ばれ、本人も満更ではないらしく、作中でシャツキ検察官に「たいていのミステリーは先が読めてしまうが、ルメートルは違う(大意)」なんてセリフを言わせていたりする。

 と、鳴物入りの本作だが、ルメートルの著作に負けず劣らず、ただならぬ仕掛けと演出が用意されている。それゆえに、内容に踏み込みすぎると読書の興を著しく削いでしまうため、本稿では登場人物を簡単に紹介するだけにとどめようと思う。

 まず主人公であるテオドル・シャツキ。ポーランド北部の地方都市オルシュティンの検察局に勤め、「あなたほど検察官らしく見える人はいない」などと上司に言われるほどスーツが似合う中年男である。仕事に誇りを持ち、刺激的な事件を常に希求しているが、その気持ちの強さゆえか、いつもぷりぷり管を巻いている。オルシュティンの交通渋滞はクソ、ドイツ人腹立たしい、メディアとなんか関わり合いになるべきでない云々。また、魅力あふれる女には目がなく、特に今の妻であるゼニアとはラブラブで、前妻との娘であるヘレナにもお構いなく、しょっちゅう愛し合っている。

 シャツキの脇を固める人々もユニークだ。ダンサー体型で頭の切れる部下ファルク、交通課から転属したばかりの新米刑事ビェルト、マッド・サイエンティストそっくりでもったいぶる口調が鼻につくフランケンシュタイン教授……。

「地下の防空壕で見つかった白骨死体が、実は十日前まで生きていた」というつかみだけでも面白いのに、これらクセのある登場人物たちがアクセントとなって、話の渦に強引に引きずり込んでいく技巧がたまらない。不吉な影が物語の底であからさまに牙を剥いているにもかかわらずにだ。

 本書を買った暁には、訳者あとがきも裏表紙の内容紹介も見ず、ブックカバーをつけて早急に読み始めるのが望ましい。(853字)

 

 ポーランドつながりで、今回は+αとして、同時期に出た本をもう一冊紹介。

『物語 ポーランドの歴史』 渡辺克義/中公新書

 ポーランドの千年余りの歴史を読みやすくコンパクトにまとめた入門書。

 ポーランドは、悲劇的な歴史を歩んできた国で、中世においてはヨーロッパ随一の大国であったが、ロシア・プロイセンオーストリアによる三国干渉で分割され、123年間独立を失う。第一大戦終結によってようやく回復したと思いきや、今度はナチスドイツに侵略されまたしても分割される(あの悪名高きアウシュヴィッツ収容所が置かれたのはポーランド南部のオシフィエンチム市である)。第二次大戦後は再び独立国となるが、実質的にはソ連による間接統治であり、1989年に民主化が実現するまで続いた。

 このように複雑で、長きに渡る苦難の時代を経たため、ポーランド史にはたびたび「蜂起」が登場する。本書はポーランドに馴染みのない読者のため、平易な文章が心がけられているが、この淡々とした記述から滲み出るポーランド人たちの闘いと挫折に、胸をかき乱されて仕方がない。ポーランド文化に関するコラムも充実し、たいへん興味を引かれる一冊である。現在のポーランドの若年労働者の豊かさはEUでトップクラスであるとはちょっと驚きました。(470字)