活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

プロフィール&仕事まとめ(随時更新)

新聞・ネット等に寄せた記事が増えてきたので、自己紹介も兼ねて、おおよそまとめました。

追加されしだい随時更新していきます。

 

プロフィール

西野 智紀(にしの ともき)

1992年生まれ、長野県伊那谷出身。本好きが高じて、書評ばっかり書いている者です。産経新聞週刊読書人等に寄稿。ノンフィクション書評サイト「HONZ」レビュアー。翻訳ミステリーが多めですが、スタンスとしては、海外・国内、フィクション・ノンフィクション問わず、幅広く面白い本を読んでいく所存。

連絡・依頼・文句等ありましたら tomokinishino13188★gmail.com (★を@に)まで。

 

○『エディに別れを告げて』 エドゥアール・ルイ著 高橋啓訳 東京創元社

書評 2015年5月17日掲載

 

○『夜が来ると』 フィオナ・マクファーレン著 北田絵里子訳 早川書房

書評 2015年7月19日掲載

 

○『真夜中の北京』 ポール・フレンチ著 笹山裕子訳 エンジン・ルーム

書評 2015年9月27日掲載

 

○『羊と鋼の森』 宮下奈都著 文藝春秋

書評 2015年12月13日掲載

 

○『典獄と934人のメロス』 坂本敏夫著 講談社

書評 2016年2月28日掲載

 

○『モッキンバードの娘たち』 ショーン・ステュアート著 鈴木潤訳 東京創元社

書評 2016年6月5日掲載


○『森の人々』 ハニヤ・ヤナギハラ著 山田美明訳 光文社

書評 2016年11月6日掲載

 

○「2016 今年、私の3冊」 選書(ミステリー) 2016年12月25日掲載

『拾った女』 チャールズ・ウィルフォード著 浜野アキオ訳 扶桑社文庫

『過ぎ去りし世界』 デニス・ルへイン著 加賀山卓朗訳 早川書房

『死者は語らずとも』 フィリップ・カー著 柳沢伸洋訳 PHP文芸文庫

 

○『海岸の女たち』 トーヴェ・アルステルダール著 久山葉子訳 創元推理文庫

書評 2017年7月16日掲載

 

○『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』 栗原康著 岩波書店

書評 2016年6月17日号掲載

 

○『昭和声優列伝 テレビ草創期を声でささえた名優たち』 勝田久著 駒草出版

書評 2017年4月14日号掲載

 

レビュアープロフィール

紹介した本

『ベストセラーコード 「売れる文章」を見きわめる驚異のアルゴリズム』 ジョディ・アーチャー、マシュー・ジョッカーズ著 川添節子訳 西内啓監修 日経BP

『Mr.トルネード 藤田哲也 世界の空を救った男』 佐々木健一著 文藝春秋

『歴史の証人 ホテル・リッツ』 ティラー・J・マッツェオ著 羽田詩津子訳 東京創元社

 

  • シミルボン(ブックリスタ運営書評サイト) 

○「座右の書×10冊 書評(800字)」

2016年3月公開

○「800字書評6本」

2017年2月公開

https://shimirubon.jp/users/211

~紹介した本~

『最悪』 奥田英朗著 講談社文庫

『孤独の歌声』 天童荒太著 新潮文庫

『テロルの決算』 沢木耕太郎著 文春文庫

『アヘン王国潜入記』 高野秀行著 集英社文庫

『文章心得帖』 鶴見俊輔著 ちくま学芸文庫

『幻の女 新訳版』 ウイリアムアイリッシュ著 黒原敏行訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

『サラの鍵』 タチアナ・ド・ロネ著 高見順訳 新潮クレスト・ブックス

『帰ってきたヒトラー』 ティムール・ヴェルメシュ著 森内薫訳 河出書房新社

ストーナー』 ジョン・ウィリアムズ著 東江一紀訳 作品社

鼻行類』 ハラルト・シュテンプケ著 日高敏隆訳 平凡社ライブラリー

 

『2001年宇宙の旅』 アーサー・C・クラーク著 伊藤典夫役 ハヤカワ文庫SF

『チルドレン』 伊坂幸太郎著 講談社文庫

『ぼっけえ、きょうてえ』 岩井志麻子著 角川ホラー文庫

悪の教典』 貴志祐介著 文春文庫

影武者徳川家康』 隆慶一郎著 新潮文庫

燃えよ剣』 司馬太郎著 新潮文庫

 

  • ホンシェルジュ

○好奇心を刺激する、SFとミステリの融合 新旧海外SFミステリ5選

選書、紹介 2016年6月15日公開

~紹介した本~

『星を継ぐもの』 J・P・ホーガン著 池央耿訳 創元SF文庫

『分解された男』 アルフレッド・ベスター著 沼沢洽治訳 創元SF文庫

『歌うダイアモンド』 ヘレン・マクロイ著 好野理恵 他 訳 創元推理文庫

『神の水』 パオロ・バチガルピ著 中原尚哉訳 新ハヤカワSFシリーズ

『ドローンランド』 トム・ヒレンブラント著 赤坂桃子訳 河出書房新社

 

『歴史の証人 ホテル・リッツ』 ティラー・J・マッツェオ/羽田詩津子訳/東京創元社

※この記事はHONZからの転載です。

権力の交点となったホテルでの魅惑的な群像劇

 パリの中心部、ヴァンドーム広場に面して、そのホテルは存在する。

 ホテル・リッツ(Hôtel Ritz)。フランスの実業家セザール・リッツと名料理人オーギュスト・エスコフィエの協力のもと、1898年に開業したこのホテルは、その贅沢さ、壮麗さから、パリの富裕層だけでなく、世界各国の名士を顧客に迎え入れ、大きく栄えた。

 だが、第二次世界大戦さなかの1940年6月14日、パリはドイツに占領され、豪奢なホテル・リッツはナチスの拠点とされてしまう。ところが、ホテルの半分(カンボン通り側、バー、レストラン)は一般人にも開放されていたため、枢軸国の将校から裕福なフランス市民、アメリカ人、そして密命を帯びたスパイまでが自由に出入りしていた。そして、表向きは中立を装いながら、みな一様に社交の場に立っていたのである。

 本書は、善悪のみならず、思惑も欲望も恐怖も策謀もすべてごった煮となったこの空間の奇妙な人間模様を、グランドホテル形式で描き出したノンフィクションである。

 ページを開いてまず驚くのは、人物名鑑かと思うような登場人物紹介だ。作家でいえば、プルーストコクトーサルトルボーヴォワールF・スコット・フィッツジェラルドもホテルの住人と言って等しく、自作にホテル・リッツを登場させるほどの愛好家だった。

 映画俳優も多い。有名どころでは、アルレッティ、マレーネ・ディートリヒサラ・ベルナールなど。これは、ホテル・リッツが1910年代から20年代にかけて映画産業の震源地となっていたためで、滞在客の多くは映画業界と何かしらの関わりを持っていた。

 軍人もリッツを愛していた。占領軍では、国家元帥ヘルマン・ゲーリングがその筆頭だ。パリに入ってさっそくインペリアル・スイートを強奪したゲーリングは、香水や宝石、美術品や絵画の略奪に勤しんだ。モルヒネ中毒でもあったゲーリングの奇行は、ホテル中の笑いものであった。住民の中には、そうした占領の優越に浸るドイツ軍人と懇意になる者もおり、先に挙げたフランスの映画スター・アルレッティは、ドイツ空軍将校と愛人関係であった。

 無論、占領を快く思わない人々もいる。レジスタンスだ。ホテルのバーはおろか、ヴァンドーム広場沿いのオフィスのほとんどで熱心な諜報活動が行われていた。1944年6月、連合国がノルマンディー上陸作戦を成功させ、ドイツの旗色が悪くなると、ホテル内の軍幹部にも反ナチス色が強まり、翌7月20日には、ヒトラー暗殺計画「ヴァルキューレ作戦」が実行される。しかしこれは失敗に終わり、激怒したヒトラーの指示で、ゲシュタポによる血の粛清が行われ、ホテル・リッツでもスパイやナチス高官が霧のように消えていった。

 この事件は、ナチスの劣勢を決定づけるものとなった。8月15日、進軍する連合軍に呼応するようにして、パリ各所でゲリラ的ストライキが勃発。世界有数の都市を破壊することは、敵への強力な精神的攻撃になる――そう考えたヒトラーは、リッツに宿泊していたコルティッツ司令官に、パリの爆破を命令する。だが、コルティッツは歴史に汚名を残すことを拒み、連合軍へ速やかにパリに入るようにメッセージを送って、破壊までの時間稼ぎを図った。「パリは燃えているか?」とわめく指導者からの圧力を受けながら。

 さて、ここで一人、凄まじくマッチョな男を紹介せねばならない。本書の主人公は、これら激動の時代をつぶさに見てきたホテル・リッツなのだが、このホテルの歴史を語るときに、どうしても外せない人物がいる。アーネスト・ヘミングウェイである。

 従軍ジャーナリストでもあったこのアメリカ人作家は、戦争を比類なき人間ドラマとみなし、ホテル・リッツを最高の活動の場として信奉していた。リッツにある「バー・ヘミングウェイ」は彼に奉げられたものだ。リッツ経営者一家と飲み友達で、女性関係も多く、「パパ」と呼ばれることをたいそう好んだこの作家は、パリ解放のとき、リッツに一番乗りを果たすのは自分だと固く決めていた。

 旧友で、同じくリッツを愛するカメラマンのロバート・キャパと、ノルマンディー上陸作戦に従軍。その後二人は別々に行動しつつ、競い合ってパリへの道を進む。大酒飲みのヘミングウェイは、連合軍とともに移動しながら近隣のカフェやホテルで大量のワインを飲んだ。というより、酒を飲むために頻繁に停止していた。時折砲撃や戦闘に巻き込まれていたにもかかわらず。

 8月25日、ナチスのパリ防衛軍が降伏。ホテル・リッツを最初に占拠したのは、イギリス軍だった。だが、一時間遅れて王様のようにやってきたヘミングウェイは、イギリス人たちを容赦なく追い払い、真っ先にセラーを解放し、ヴィンテージワインをがぶ飲みしたという。その夜、彼はサルトルボーヴォワールを連れて、歓喜の祝宴を開いた。

 しかし、戦争はまだ終わったわけではなかった。数十キロ先ではまだ戦闘が続いていたし、フランス人の目には、連合軍――とりわけアメリカ人が次なる占領者に見えた。ホテル・リッツは新たな時代の局面を迎えたのである。

 たとえば、ドイツ人と繋がりの深かったアルレッティやファッションデザイナーのココ・シャネルは連合国から尋問を受けた。ドイツの核計画の進捗具合を探るため、リッツの一室で諜報員チームが結成された。ヘミングウェイに後れを取ったキャパは、ホテルを訪れたイングリッド・バーグマンと恋に落ち、ひと夏をともに過ごした……。

 ホテル・リッツ。一癖も二癖もある人々と、むせ返るほど濃密な時代に彩られた空間。全18幕からなる本書は、どこをどのように切り取っても息を呑むような物語で埋め尽くされている。特筆すべきはやはり、それらの逸話が驚くほど躍動的であることだ。綿密な取材に裏打ちされているため、読後はそれこそ豪勢なサービスを受けたあとのような贅沢感と陶酔感にひたれること請け合いである。ぜひ味わってみてほしい。(2392字)

 


『海岸の女たち』 トーヴェ・アルステルダール/久山葉子訳/創元推理文庫

※この記事は2017年7月16日付産経新聞読書面からの転載です。

異邦の地で闇を暴く

 舞台美術家のアリーナ・コーンウェルは、じりじりしていた。彼女のおなかには、夫パトリックとの間に授かった新しい命があり、それを伝えたくて仕方がなかったのだ。ヨーロッパへ取材に渡ったフリージャーナリストの夫は、すでに10日以上も音信不通となっていた。

 そんな彼女のもとへ、パトリックから小包が届く。中には、愛用の手帳、「あとひとつだけやることがあるんだ」と綴られた手紙、不審な男たちをとらえた写真が数枚。不安に潰されそうになったアリーナは、夫の行方を追うべく、消印を頼りに、ニューヨークからパリへと飛んだ…。

 こうして開幕する本書は、スウェーデン生まれで現在ストックホルムに在住する著者が2009年に発表したデビュー作なのだが、驚くことにスウェーデンは舞台とならない。だが、他の北欧ミステリーと同じく、社会の歪みや不条理を取り扱い、ひりつくような仄暗さを持っている。本書で掘り下げられているのは、移民問題だ。

 パリに降り立ったアリーナは、数少ない手がかりをもとに、パトリックの情報を集める。彼は、アフリカから海を渡ってくる不法移民問題に執心していた。それも、移民の是非ではなく、移民を奴隷化して食い物にする犯罪組織の存在を嗅ぎ付けていたのである。スペイン南端の海岸に流れ着いた黒人の死体の発見者や、ボートで密入国を図る移民の視点も差し挟まれて、展開は読めなくなっていく。

 夫の跡をなぞるようにして、事件に深入りするアリーナ。特筆すべきは、この移民問題を、彼女自身が乗り越えるべき障害として物語に溶け込ませている点である。つまり、夫の捜索という本筋から一切ぶれないのだ。だから、問題が孕む深刻性も、異邦の地でひとり必死に夫を探す彼女の姿も生々しく、より真に迫るものとなっている。

 しかし、そうした緊迫感にばかり意識が傾いていると、思わぬツイストや転調に横っ面を張られるので油断できない。読む者を飽きさせない工夫を精緻にちりばめた秀作ミステリーである。(817字)