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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

極私的2016年ベスト10冊

2016年ベスト 新聞書評

 2017年もとうに2か月過ぎているのに、本稿は2016年刊行の書籍の極私的ベスト記事である。いや、昨年末にちゃんと投稿するつもりだったのだが、PCの不調やらなんやらですっかり忘れてしまっていた。

 以下は2015年のベスト記事。 

 

 

 

 それはさておき、何を今さら……という感じがしないでもないが、更新しておかないとなんだかしまりが悪いので、ざっくりと振り返っていく。少しでも購入の参考になれば幸甚の至りです。なお、便宜上番号が振ってありますが、順不同です。

 

1 『拾った女』 チャールズ・ウィルフォード著、浜野アキオ訳 扶桑社ミステリー

拾った女 (扶桑社文庫)

 2016年のベスト1冊を挙げてくれと言われたら、これ。内容は後述の産経新聞の記事に書いたので繰り返さないが、昨年読んだ中でこれほどの衝撃を残した作品はない。語りたいことは山ほどあるのに、すべてネタバレとなってしまうのが歯がゆくて仕方ない。これが半世紀以上も前に書かれたとは驚いた。ミステリに熱中し始めたときのあの喜びを鮮やかに思い出させてくれた一冊。

2 『過ぎ去りし世界』 デニス・ルへイン著、加賀山卓朗訳 ハヤカワ・ミステリ

過ぎ去りし世界 (ハヤカワ・ミステリ1906)

  正直、前作『夜に生きる』より好きである。裏社会で生きる人々を描いた作品の例に漏れず、決して明るくない結末なのだが、しかしそれでもなんと無常で、寂しいことか。ヒーローもいなければ、根っからの悪人も、善人もいない。この、ボーダーの曖昧な世界の情景の数々、心ゆくまで堪能いたしました。デニス・ルへイン、やっぱりスゴイ。素晴らしい。

3 『死者は語らずとも』 フィリップ・カー著、柳沢伸洋訳 PHP文芸文庫

死者は語らずとも (PHP文芸文庫)

  どういうわけか、ミステリに関しては死の匂いが充満する作品ばかり記憶に残っている。『拾った女』は主人公もヒロインもずっと希死念慮を抱いているし、『過ぎ去りし世界』は謎の幽霊と非情な暴力が随所に顔を出す。

 本作の場合は、歴史という数多の死者の積み重なりから一つの犯罪が形成されるさまが描かれている。『変わらざるもの』でも『静かなる炎』でもグンターには過酷な運命が待ち受けていたが、本作はこう来たか! と思わず唸ってしまった。あちこちで書いているが、私はいつまでも続刊の邦訳を待ちます。

4 『堆塵館』 エドワード・ケアリー著、古屋美登里訳 東京創元社

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)

 19世紀のロンドン郊外、巨大なごみ捨て山の中心に聳え立つ「堆塵館」に住むアイアマンガー一族に起こる波乱をつづる三部作の第一部。もうちょい詳しく書くと、著者自身が描いた奇妙なイラストやら、生まれたときに渡される「誕生の品」やら、ゴシック風味満載の仕掛けの中で、特殊能力を持つ純血の少年と使用人の少女が出逢い、怪異に満ちた館の謎を解き明かしていくというダークファンタジーだ。

 いやあもう、こんなに胸がときめく冒険譚は久しぶり。話も人物もこの本もすべて愛おしくて仕方ない。ネタバレできないので抽象的な表現になってしまうが、じりじりと圧を高め、急転直下に展開する後半の興趣を、ぜひ味わってほしい。

 第二部『穢れの町』は今年の5月に刊行予定だそうで、一安心である(あのラストで刊行が途絶えたら、ねえ……)。

5 『モッキンバードの娘たち』 ショーン・ステュアート著、鈴木潤訳 東京創元社

モッキンバードの娘たち (海外文学セレクション)

 母親が使役していた奇妙な「六人の乗り手」の能力を授けられてしまった長女の奮闘を描く長篇小説。1999年の世界幻想文学大賞ネビュラ賞の候補となった作だが、ファンタジー要素はサブにすぎず、内実は登場人物たちのコミカルなやり取りを楽しむハチャメチャ母娘小説である。特に、主人公姉妹のガールズトークがいい。示唆に富んだセリフも小気味よい。こういう人間くさいファンタジー、大好物です。

 それにしても、東京創元社はこういった素敵な海外文学をたくさん出してくれるので、嬉しいかぎりです。

6 『森の人々』 ハニヤ・ヤナギハラ著、山田美明訳 光文社

森の人々

 未知の部族と不死の病の発見によりノーベル医学賞を獲得した科学者の半生を自伝形式で綴った小説。冒頭で科学者の人生はすべて提示され、どういうオチが待っているかおよそ把握できるにもかかわらず、どうしてか読み手をどんどん惹きこむ異様な吸引力を持っている。説明が本当に難しいのだが、一言で言うと「迫真の自伝SF」といったところか。思わず怖気が立つほど手の込んだ作品である。あと、カメがかわいい。

7 『奇妙な孤島の物語』 ユーディット・シャランスキー著、鈴木仁子訳 河出書房新社

奇妙な孤島の物語:私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島

 世界中に点在する50の孤島について書かれた本。写真はなく、島の地図と短い解説が添えられているのみ。これは、著者が「地図は具体的であるとともに、抽象的なものである」として、読者の想像力を喚起させるようにしたため(地図も装幀も著者の手による)。小説ともエッセイともいえない簡潔な文章で綴られる奇習や奇病、乱獲、虐殺、災害といった島の沿革と人間の営みの数々が、非日常へと読む者を誘う。出版に携わった方々の苦労をひしひしと感じさせる芸術品だ。

8 『五色の虹』 三浦英之著 集英社

五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後

  日中戦争の最中、日本が満州に国策として創立した「満州建国大学」の卒業生たちの人生を追ったノンフィクション。驚くべきは、この大学、日本・朝鮮・中国・ロシア・モンゴルの学生を集めて「五族協和」を実践したエリートだらけの国際大学で、しかも言論の自由が認められており、自国批判も許されていたということ。戦後70年が経っても、彼らの深奥で燃え続ける教養と友情に、息を呑む。2015年の第13回開高健ノンフィクション賞受賞作。

9 『典獄と934人のメロス』 坂本敏夫著 講談社

典獄と934人のメロス

  関東大震災の真っ只中の横浜刑務所で、典獄(刑務所長)と934人の囚人たちの間で結ばれた『走れメロス』さながらの信頼関係を描いたノンフィクションノベル。30年に及ぶ取材によって裏打ちされているだけあり、その労力と執念が随所ににじみ出ている。「信頼」が紋切型となりつつある現代において、本書は、その言葉の核となる精神のありようを、清々しく爽やかに浮かび上がらせる。まさしく逸品だ。

10 『村に火をつけ、白痴になれ』 栗原康著 岩波書店

村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝

 アナキスト大杉栄のパートナーで、生涯を賭して社会通念に抗い続けた運動家・伊藤野枝の評伝。著者は政治学者で、さぞ堅苦しい文章が並んでいるのかと思いきや、「野枝さんステキ! 大好きだ!」という強い想いが横溢するとんでもないファンブックであった。しかし、読み進めるにつれて、野枝の激動の人生を語るには、これくらいの熱さがないと不可能なのではないかとも思わせられてしまう。もはや恋文である。現代の逼塞感を打ち払うたしかな火を灯させてくれる一冊。

 

 さて、昨年は更新がだいぶ滞ったので、2017年本年はしっかり書いていこうと思います。よろしくお願いします。

 

『寝るまえ5分の外国語 語学書書評集』 黒田龍之助 白水社

ノンフィクション・人文書・研究書 2016年刊

寝るまえ5分の外国語:語学書書評集

言語を覚えた先の世界へ誘う書評集

 私は海外文学が好きだが、語学はからっきしダメである。英語ですら怪しい。だが、海外文学を読んでいると、舞台となる国の言葉についてもついつい知りたくなってしまう。

 そんなわけで、語学を学びたいとよく思うのだが、一口に語学書といっても、入門テキスト、単語集、例文集、会話集、資格検定の対策本など、多岐にわたる。どれを選んだら良いかわからない、誰か水先案内人はいないものか――と考えていたところで発見したのが、世にも珍しい語学書書評集である本書『寝るまえ5分の外国語』だ。

 著者はスラヴ語専門家で、ロシア語、ウクライナ語にも精通する言語学者。本書は『出版ダイジェスト 白水社の本棚』で7年間に渡って連載された書評記事をベースに、新たに書き下ろしやコラムを加え集成したものだ。その数、100本。絶版本含め、白水社の書籍が大半だが、著者の意向で、他社の語学書の評も収められている。

 スラヴ語専門家だから、さぞかしその諸語の本が多いのでは、と思う向きがいるかもしれないが、全く違う。もちろん、専門分野の書籍もあるが、著者の基本スタンスは「客観的な視点で、誠実に、いろんな語学書を書評する」ことだ。そのため、スペイン語ヒンディー語のようなスピーカーの多い言語から、デンマーク語、スワヒリ語、韓国語、タイ語といった少数言語まで余すところなくピックアップしている。

 面白いのは、レイアウトや図版の工夫を取り上げるだけでなく、様々な趣向を凝らして紹介していることだ。エッセイ風味にしてみたり、登場する男女キャラクターの関係性について妄想を膨らませたり、例文がミステリー調であることにはしゃいだり……。その語学書への興味をわかせつつ、言語を覚えた先の広大な世界に誘おうとするこの技巧が、なんとも素晴らしい。見習わなければ。

「寝るまえ5分」とは、教養書の名著『エセー』の入門書『寝るまえ5分のモンテーニュ』からヒントを得、就寝前の読書習慣の継続を願ってつけたそうだ。しかし、本書に秘められたユーモアと語学への愛を追うだけでも徹夜必至である。(854字)

 

寝るまえ5分の外国語:語学書書評集

寝るまえ5分の外国語:語学書書評集

 

 

寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門

寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門

 

 

【産経新聞より転載】 『森の人々』 ハニヤ・ヤナギハラ著、山田美明訳 光文社

SF・ホラー・幻想 2016年刊 新聞書評

森の人々

※本記事は2016年11月6日付産経新聞読書面に掲載された書評の転載です。

虚実入り交じる森をゆく

 1950年、免疫学者のエイブラハム・ノートン・ペリーナ博士は、南洋ミクロネシアにあるウ・イヴ諸島のイヴ・イヴ島で、未知の部族と奇病に遭遇する。この疾患は、島に生息するカメを食べることで罹患し、肉体の老化が遅れ何百年も生き長らえることができるが、知能は減退していく。

 博士はこの「セレネ症候群」の発見により、ノーベル医学賞を受賞する。その後博士は諸島の子供43名を養子として迎え入れるが、養子の一人への性的虐待容疑で逮捕され、懲役24カ月の実刑判決を受ける…。

 以上が、冒頭に掲載されたAP通信の記事の梗概だ。驚くべき話の連続だが、これはほんのとば口にすぎない。本書は、このノートン博士の壮絶な半生を自伝形式で綴った、不気味なほどに迫真性あふれるSF小説だ。

 多くの自叙伝がそうであるように、生い立ちから物語は始まる。科学者であるためか、家族関係や研究室の人間模様が冷静かつ論理的に記されているのが特徴的だ。しかし、人類学者とともにイヴ・イヴ島に向かうくだりから、描写はむせ返るほど濃密となる。生命の臭いが充溢するジャングル、諸島に伝わる神話、異様な風貌の人間たちとの邂逅…。

 特筆すべきは、本文中に差し挟まれる細やかな注釈だ。編集したのはノートンの共同研究者で、獄中のノートンに自伝執筆をすすめたのも彼である。動機は友人としてノートンの名誉を回復させたいため。本書の読みどころはここで、ノンフィクションの体裁を守りながら、実は内容すべてが客観的に書かれているとは言い切れないのだ。それゆえに、至る所に謎が潜んでいるような気味の悪さが漂う。

 さらに訳者あとがきによれば、ノートンは実在の科学者がモデルになっているという。ウ・イヴ諸島の地図、ノートンの年譜、ウ・イヴ語一覧も付けられ、この本を読むこと自体が、虚実入り交じる森の調査と同義となっている。著者は1975年ロサンゼルス生まれのハワイ系4世で、本書が処女作。恐るべき文章力、構成力である。(816字)

 

森の人々

森の人々