【書評】みんなが手を伸ばしてくれるような題名に――『タイトル読本』(高橋輝次編/左右社)
みんなが手を伸ばしてくれるような題名に
命を削って生み落とした作品に、タイトルをつける。人によってはタイトルを先に決めないと創作が始まらないなんて方もいるが、何にしても題名は難所である。これがイマイチだと、どんなに中身が良くてもまず手を伸ばしてもらえないかもしれない。画竜点睛を欠く、である。本書は、51人の創作者がタイトルついてどのように考え、苦心し、決定してきたかを綴ったエッセイや書き下ろしをまとめた読み物だ。
どんなタイトルが良いのか。作品の本質を短く言い表したもの。リズム。発想力。時代性。字面……。当然だが正答などない。悲しいかな、好みは人それぞれだから、作者がどれだけ自信満々であっても、読者にはてんで響かない、なんて場合もある。
本書でタイトルの上手い作家として何度か登場するのは、太宰治、村上龍、大江健三郎、それに松本清張である。たしかに、『斜陽』とか『限りなく透明に近いブルー』とか『万延元年のフットボール』とか『砂の器』とか、たった数文字でぐいぐい惹きつけ想像を喚起するようなものばかりだ。
命名への思い入れも面白い。田辺聖子は、「タイトルができないと主人公が動いてくれない」ので最初にタイトルを考える。野呂邦暢は、ヘミングウェイが『武器よさらば』という題を決めるのに200以上の候補を書き並べて思案したというエピソードを引き、リスペクトを示す。渡辺淳一はタイトルが良くない作家はその資質に首を傾げてしまう、と厳しい。古山高麗雄は、題の付け方一つとってもそこから嗜好や性癖を覗かれてしまう、と妙に諦観している。
私が膝を打ったのは恩田陸の項で引用されている作曲家・武満徹の言葉だ。
「八割はかっちりと説明し、残り二割は観客の想像によって完成する。」
説明不足だとついていけないし、説明過多でも関心が失われる。じゃあどうしたらいいのと言えばこれがちょうどいい塩梅じゃないかと、小説ではないが私も書評を何年かぼちぼち書いてきて感じるのだ。タイトルにかかわらずありとあらゆる文章を書く際に参考になる技術だと思う。ちなみに恩田陸はこれを満たすタイトルとしてトマス・ハリス『羊たちの沈黙』を挙げている。
本書に収録された創作者は小説家以外にも、評論家、音楽家、翻訳家、歌人、編集者、脚本家と多岐に及ぶ。分野は違えど、みんなが注目してくれるものをつくりたい(つけたい)という願いは変わらない。
インターネットが普及し、大量の情報で溢れかえる今、物書きにとってキャッチーなタイトルをつけるセンスは不可欠だと言っても過言ではない。作家たちの苦労話を楽しみつつ、自分自身の血肉となるスキルを磨ける一冊だ。
以下蛇足だが、私がこれまで評してきた本で、小説・ノンフィクション問わず、抜群のタイトルだと思ったものを以下に載せてみる。
『グルブ消息不明』(エドゥアルド・メンドサ/柳原孝敦訳/東宣出版)
『九マイルは遠すぎる』(ハリイ・ケメルマン/永井淳・深町眞理子訳/早川書房)