活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【週刊800字書評】『全国版 あの日のエロ本自販機探訪記』 黒沢哲哉/双葉社

涙誘う、滅びゆく一つのエロ文化

 帯に、「これまでも、これからも決して出版されない書籍の誕生。」とある。本書を読み終えて、まさしくその通りだと得心した。こんなの誰も真似できない。だいたいマニアックすぎる。一言で説明すると、全国に点在するエロ本自販機のカラー写真と、エロ本自販機がたどった栄枯盛衰を収録したルポルタージュ。不健全な臭いしかしないし、ごく一部の層にしか受けなさそうだし、よく本にできたな――と思ってしまうのだが、これが清々しいくらい面白いのだから、世の中不思議である。

 具体的に見ていこう。エロ本自販機が誕生したのは、70年代半ばごろ。人と会わずにこっそりエロ本を買えるシステムに需要がないわけがなく、瞬く間に全国に広まる。有害図書としての摘発や、ライバル「ビニ本」との戦いを経て、全盛期を迎えるが、ビデオデッキの普及に敗北し、「大人のおもちゃ」と一緒に、地方の街道沿いの掘っ立て小屋に押しやられる。90年代には少し盛り返すが、インターネットやタブレットといった電子端末にはとても勝ち目がなく、今は静かに滅びを待つのみ……。

 著者は、そのようにして役目の終えた遺物に強く惹かれ、3年半の歳月をかけて日本中を飛び回り、ほぼすべての自販機を撮影した。それだけでなく、検索サイトやGoogleストリートビューなどを利用した自販機の探し方と、大手エロ本自販機業者へのインタビューも収め、重みのある一冊となっている。

 再販制度のグレーゾーンに位置する「ゾッキ本」を扱い、出版流通の最果てとも言われるエロ本自販機。「最期の日を見てみたい」と語る業者。思春期の記憶を胸に、東奔西走する著者。なくなっても誰も困らないかもしれない。喜ぶ人のほうが多いかもしれない。しかし、そんな文化にも、一筋縄ではいかぬ人間模様があり、忘れがたき思い出を持つ人々がいる。彼らの熱量の源は、特に説明されない。そこに、言葉にできない情感があり、郷愁がある。だから思わず涙誘われてしまう。

 読書の醍醐味を十二分に味わえる比類なきノンフィクションである。(834字)