活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『昭和声優列伝 テレビ草創期を声でささえた名優たち』 勝田久/駒草出版

※本稿は「週刊読書人」2017年4月14日号に掲載された書評の転載です。

若き声優志願者へ贈る言葉

 今や声優は、若い人の間で高い人気を誇る職業の一つである。アニメ出演や洋画の吹き替え、ナレーションといった裏方仕事だけでなく、歌手となってコンサートを開いたり、テレビ番組に顔出ししたりするなど、活動の領域が広がり、その華々しさが憧憬の的となっているからだ。しかし、人前で芝居をする職の例に漏れず、売れっ子となるまでの道のりが相当に過酷なのもまた現実である。

 本書は、そんな声優業の草創期を彩った名優三十二人の証言を集成したものだ。著者は、『鉄腕アトム』でお茶の水博士役を務め、アニメ声優のパイオニア的存在となった勝田久。二部構成で、第一部は著者の自叙伝、二部が証言集となっている。戦後から高度経済成長期にかけての文化の変遷が凝縮されており、なかなか密度だが、さっぱりとした文体ゆえ親しみやすく、自然と惹き込まれてしまう。

 先陣を切る著者の経歴がまず鮮烈だ。通信士官を目指して従軍するも、直後に敗戦の日が訪れ、子供のころに思い描いた演劇の勉強をするべく再出発。翌年、鎌倉アカデミア演劇科に入学し、東宝の舞台に出演後、NHK東京放送劇団に採用される。数多くのラジオドラマに出、フリーの声優となったあとは、民放のラジオやテレビの吹き替えにも携わり、六三年、舞い込んだ『鉄腕アトム』の仕事が、生涯忘れ得ぬものとなる。

 とにかく業界裏話や驚きのエピソードが満載である。その中でも、著者と親交の深かった活動弁士徳川夢声が後輩の声優たちに向けて残した言葉が際立つ。「声とともに、その人の身体の奥深くに隠されている思慮思考までが発せられている。言葉を発するときには、その人の人格をも表現していることを忘れるな」

 続く第二部。著者が昭和五十年代に取材した原稿がベースで、錚々たる面々がずらりと並ぶが、語られるのは主に生い立ちと下積み時代の話だ。演劇の道を志しては挫折し、職を転々としてきた神谷明。少年のような機敏な行動力が役とも直結するようになった野沢雅子。女の子らしくない声を持ちながらも、がむしゃらに演劇に取り組んできた大山のぶ代。翻訳家と二足の草鞋で声優の世界に飛び込んだ小林清志……。

 才能、努力、そして運の三拍子が揃っても、売れるとは限らないシビアな業界。今と昔では取り巻く環境が違えども、レールは自分で敷いていかねばならないところは変わらない。時代を風靡した先人たちの知られざる情熱と強靭な精神力に、思わず胸が熱くなる。(1002字)