活字耽溺者の書評集

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【週刊800字書評】『アラスカを追いかけて』 ジョン・グリーン/金原瑞人訳/岩波書店

迷宮から抜け出すには

 タイトルにあるアラスカとは、アラスカ州のことではなく、本書に登場する女の子の名前である。どんな子かというと、放埓で気まぐれで、ひじょうにアクティブ。趣味は読書で、寮の自室には凄まじい量の蔵書がある。早く死にたいと願いつつタバコを吸いまくり、性にかなり奔放。つかみどころがなく、峻烈な眼差しを見せたかと思えば、一転してからかい調子になったりする。

 そんな女の子が、ぴったりしたピーチ色のタンクトップにカットオフ・ジーンズ姿で、愛読書であるガルシア・マルケスの『迷宮の将軍』を携え、縦横無尽に動き回る。転校してきたばかりの主人公マイルズ・ホルターは、たちまち彼女に惹かれてしまう。マイルズだけでなく、彼の友人で、権威と金持ち嫌いの天才チップ・マーティン(あだ名は「大佐」)、ラップが大好きな日系人のタクミもまた、彼女にとことん振り回される。読み進めていくうち、読者もまた、彼女の一挙手一投足に翻弄されていく。

 読みどころはアラスカの魅力だけではない。本書は二部構成で、第一部が「before」、第二部が「after」と題され、中盤に一つの山場を迎えることがあらかじめ明示されており、楽しく充実した寮生活の背後で着実に進行する不穏なサスペンスにも目が離せない。

 この山場を契機に、マイルズたちの日常は激変する。アラスカが気に入っていた言葉――『迷宮の将軍』でシモン・ボリーバル将軍が最期に放った「どうやったら、この迷宮から逃れられるんだ!」というセリフ――が、重大な意味を引っ提げて去来するのだ。

 迷宮。それは、言うなれば、落としどころのわからない感情を抱え続けている状態だ。どうにかして、吐きつけたい。抜け出したい。伝えたい。でも、思うようにならない……。この苦しさ、悲しさを、真正面から描き切っている。だから、ディティールまで瑞々しく美しい。みんなして、チャーミングなアラスカの姿を追いかけているのだ。へんてこりんで、どこまでも誠実な作品である。(808字)

 

※著者は1977年インディアナ州生まれの作家で、『アラスカを追いかけて』はデビュー作。また、本書は金原瑞人氏による新訳である。