活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『最後の紙面』 トム・ラックマン 東江一紀訳 日経文芸文庫

最後の紙面 (日経文芸文庫)

「人間」描く、新聞のような連作短編

 本書は、ローマに本拠を置く1954年創刊の小さな英字新聞社が、2007年に業績不振で廃刊に至るまでを描く連作短編集である。しかし、厳密に言うと、主役は「新聞」ではなく、各短編の主人公たち11人の、思うようにいかない「人生」である。原題を「The Imperfectionists」(完璧ならざる者たち)といい、新聞社のスタッフや読者、経営者といった肩書を持つ彼らの生き様がパッチワークされた、なんともビターな小説だ。

 パリ駐在のフリーランス記者ロイドは、仕事がほとんど来なくなり、妻との関係がこじれ、特ダネをつかむため外務省に勤める息子に接触する。訃報記者のアーサーは、死亡記事を書いてほしいと願う変わった女性の取材中、突然の悲運に見舞われる。ビジネス記者のハーディは、ひょんなことから生き方も趣味も全く違うアイルランド人ローリーと知り合い、深い関係に落ちていく……。

 個々の短篇の末尾に、新聞社の沿革が短く添えられる。1953年、アメリカの富豪サイラス・オットは、女性誌のフリーライターであるベティーと、シカゴの新聞のローマ駐在記者レオの三人で、英語版の国際紙をつくろうと提案する。翌年には社屋が完成し、年を追うごとに紙面が充実していくが、1960年、オットは病魔の手により、ベティーへの秘めた思いを抱えたまま、志半ばで倒れてしまう。

 この、54年に渡る新聞社の栄枯盛衰と、11篇が織りなす、不恰好でちょっと痛ましく切ない人生の蓄積から、読者はいつしか、この本自体が一つの新聞であるかのような錯覚に陥る(表紙のデザインもそれを意識しているのだろうか)。新聞は世の中の「出来事」を広く伝えるが、最小単位はあくまで「人間」である。どこか滑稽だったり、寂寥感が漂っていたりと、明るくない結末ばかりだが、そうであるからこそ、読み終えたあとに深い余韻を残すのだ。完璧に生きようとしても、完璧に生きられる人間なんてそうそういない――と。

 著者トム・ラックマンはロンドン生まれのジャーナリストで、本書が作家デビュー作。AP通信ローマ特派員、インターナショナル・ヘラルドトリビューン紙パリ支局員などを歴任し、世界中を飛び回った経験を持つ。2014年5月に次作を発表したようだが、訳者が亡くなられた事実に、言葉が出ない。もちろん本書でも、東江一紀さん独特の、流れるように豊かな訳が楽しめる。

 

最後の紙面 (日経文芸文庫)

最後の紙面 (日経文芸文庫)