活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『東方の黄金』 ロバート・ファン・ヒューリック 和爾桃子訳 ハヤカワ・ミステリ

東方の黄金 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1804)

さらりと読める唐の探偵奇談

 まず、肩の力を抜いて、ゆっくりと想像してみよう。七世紀半ば、唐時代の中国――。

 都の若き官吏・狄仁傑(ディーレンチェ)は、毒殺された知事の後任として、信頼の厚い老僕一人を従え、初めての任地・平来(ボンライ)へと向かっていた。平来では、謎の人食い虎、船主の新妻の失踪、姿を見せない吏長、前知事の幽霊の目撃談と、奇怪な事件が多発していた。道中で、武術に長けた義賊二人を副官として加えて、平来に辿り着いた狄仁傑は、前知事殺害の下手人探しを最優先に、地道な捜査を開始する……。

 本書は、アジア各国に赴任したオランダの外交官であり、中国学者でもある推理作家ロバート・ファン・ヒューリックが1959年に発表した狄(ディー)判事シリーズの第三作で、時系列ではディー判事が取り組んだ最初の事件である(この時代の知事は判事を兼ねている)。初邦訳は『黄金の殺人』(東都書房、1965年)で、2007年に訳を改めてこのポケミス版が刊行された。なお、狄仁傑は実在の人物で、唐を長年に渡って支えた名宰相である。

 いくら新訳とはいえ、半世紀も前の作品で、しかも1300年前の中国が舞台だから、堅苦しく読みにくいのではないかと思われる向きがあるかもしれない。が、そのような懸念は一切無用である。たとえれば、ジョン・ディクスン・カーの不可能犯罪や怪奇趣味を、日本の時代劇でアレンジしたような、かなりシンプルな勧善懲悪の物語で、取っ付きやすい。さらには、著者ヒューリック自身が描いた平来の地図や挿絵が挟まれて、絵巻物のようですらある。

 若さゆえか、ディー判事が怒りっぽかったり(会話中に突然声を荒げる)、お色気場面があったり(挿絵付き)と、何かと劇画チックで、パルプフィクションの要素も含んでもいる。しかし、種々の事件から一本の糸を見つけだす展開は起伏に富んでいて飽きさせず、それでいて意表を突かれる結末も待っており、ミステリとしての出来は十分である。長さも中編程度であるため、東洋のどことなく妖しい雰囲気をさらりと味わうには本シリーズが一番ではないだろうか。

 また、巻末の、著者の息子による父親への随想も興味深い。外交官、著述家、学者という三つの顔を持っていた父の、家族への優しさについて綴っている。ヒューリックは肺癌のため1967年に57歳で亡くなっているが、15ヶ国語を話し、第二次大戦を経験し、江戸川乱歩とも親交があり、そして良き父親であり……と、まさに八面六臂の活躍であったと驚嘆せざるを得ない。

 

東方の黄金 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1804)

東方の黄金 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1804)