活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『極夜 カーモス』 ジェイムズ・トンプソン 高里ひろ訳 集英社文庫

極夜 カーモス (集英社文庫)

終わらない暗闇、浮き彫りになる社会

 「極夜」とは、太陽が沈んだ状態が続く現象のことをいう。限界緯度66.6度を超える北極圏や南極圏で発生し、住人たちは数日間、凍てつく暗闇の中を生きなければならない。自殺率や犯罪率が高まる、鬱屈とした季節である。本書の舞台であるフィンランド北部もその地域に属する。そして、事件が起こったのは、クリスマス直前の、まさにその極夜が発生している時期であった。

 フィンランド北部、ラップランドにも属する都市キッティラの警察署長カリ・ヴァーラは、部下の連絡を受け、零下40度の中、郊外の牧場近くの雪原に急行する。そこにあったのは、アメリカの「ブラック・ダリア」事件を模したように切り刻まれ、腹部に「黒い売女」と刻印された、ソマリア移民の映画女優スーフィア・エルミの惨殺死体だった。

 移民、宗教、人種、性的嗜好といった複雑な問題が絡み合った殺人だと推理したカリは、部下とともに地道に捜査を進める。が、容疑者としてカリの前妻を奪った男が浮上すると、事件を覆う鬱は、病原菌のようにカリの周囲へ伝染していく……。

 本書は、カリ・ヴァーラ警部シリーズの第一作。著者ジェイムズ・トンプソンはアメリカ生まれフィンランド在住の作家で、妻はフィンランド人である。本書が他の北欧ミステリと一線を画して、暗黒小説のような雰囲気を持っているのは、異邦人の視点で見た“世界一暮らしやすい国”フィンランドの暗部を、きびきびと簡潔としたアメリカ流ハードボイルドで浮き彫りにしようと試みているためであろう。

 それを裏付けるように、カリにはケイトというアメリカ人の妻がいる。事件を通して、彼女がカルチャーショックを受け、二人の関係がぎくしゃくする場面がたびたび出てくるのだ。物語後半、厳しい環境のために、酒浸りになったり寡黙になったり自殺したりするフィンランド人が理解できず、溜め込んでいた感情を吐露するケイトに対し、カリはこんな言葉をかける。

「きみが言うことはほんとうだ。北極圏の生活の欠点を美化することはできない。それに欠点はたくさんある。だがここは俺の愛する故郷なんだ。――」

 本書はアメリカ探偵作家クラブ賞にノミネートされ、フィンランド国外でも賞賛される一方で、国内の一部の保守層から批判を浴びてもいるシリーズだが、決してドロドロとした人間模様ばかりがクローズアップされているわけではない。表沙汰にできない暗い一面は、どの国も抱えているものだ。求められているのはたった一言、異文化への理解である。

 質の高いミステリでありながら、フィンランドの風土や社会についても仔細に知ることのできる、興味深い一冊だ。

 

※著者ジェイムズ・トンプソンは2014年8月に死去した。 

 

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