活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『私に似た人』 貫井徳郎/朝日文庫

「私に似た人」は誰か?

 長らくの経済不況で、閉塞感を抱いている人は多い。貧困層の息苦しさはより顕著である。本書は、個々人のその鬱積した感情が、計画性のない小規模なテロ行為、《小口テロ》として発露し、日常化した現代日本を、十の短編、十人の主人公それぞれの視点から描いた社会派連作短編小説である。

 十人十色であるように、十人とも《小口テロ》の捉え方が違っている。

 例えば、保育士の樋口達郎は、ニュースで大学時代の元恋人が《小口テロ》に巻き込まれて死亡したことを知り、それまで関心もなかったテロ行為を憎しみ、理解を深めていく。自動車工場の派遣社員である小村義博は、SNSのフォーラムで女性と交流することだけが楽しみで、ある事件をきっかけにテロに走る。息子の受験を控えた主婦の北嶋和歌子は、とある無職の男が起こしたテロ行為に対して、貧困を社会のせいにして自己正当化する実行犯たちに馬鹿馬鹿しさを覚えている。

 淡々と進む個々の物語を読み進めていくうち、《小口テロ》の実態が掴めてくる。実行犯たちは自分たちを《レジスタント》と称して、自分の命をなげうって無差別テロに走る。特定の組織もなければ、共通の宗教も思想もない。つまり、現実世界における接点がない。

 彼らを繋げているのは、インターネットに存在する《トベ》という謎のハンドルネームの人物である。彼らは、《トベ》との個別チャットで、怒りを社会に向けるよう唆され、テロに及んでいるのである。物語は次第に、「この《トベ》は何者なのか」という疑問を原動力に進んでいく。

 著者は1968年東京都生まれの推理作家。1993年に鮎川哲也賞候補となった『慟哭』でデビューし、少年犯罪をテーマに置いた『空白の叫び』や、細かな因果関係の連鎖が殺人につながる様を描いた『乱反射』など、非常に重い社会派推理小説作品が多いことで知られている。本書もその部類に属するとみていい。

 見え隠れする《トベ》の存在とともに、すべての章に横たわっているのは「貧困」である。「貧困」を根にして、非正規雇用ワーキングプア、引きこもりの若者、日本人気質、ネットの弱いつながり、弱者切り捨て、違法ハウスといった、現代日本社会を取り巻くフレーズが散りばめられているのだ。物語自体は一種のミステリ的な決着を迎えて終幕となるが、著者が描きたかったのはおそらくこちらである。

 込み入った問題ばかりなのにもかかわらず解決策は示されず、救いのなさと荒唐無稽なテロ行為が後味の悪さを引く。だが、《小口テロ》でなくても、不可解な無差別殺人は現実の世界でもたびたび発生している。そのことを念頭に置くと、じわじわと現実と虚構の境目が曖昧になっていく。

 そして、主人公たちのみならず、登場人物のうちの誰かに共感を覚えたとき、謎めいた本書のタイトル『私に似た人』が存在感を放ち始め、心の奥底で響くのである。第151回直木賞候補作。(1174字)