活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【書評】『宇宙から帰ってきた日本人』(稲泉連/文藝春秋)

宇宙から帰ってきた日本人 日本人宇宙飛行士全12人の証言

※この記事はHONZからの転載です。

あの名著から36年、宇宙は近くなりにけり

 1983年、知的欲求旺盛なあるジャーナリストが一冊の本を上梓した。それは、米ソが宇宙開発戦争に明け暮れていた時代、母なる地球を離れ、宇宙へと向かった飛行士たちの精神的変化に着目し、幅広い知識をベースに、インタビューイを搾り尽くさんばかりに貪欲な取材を重ねまとめ上げたノンフィクション――立花隆『宇宙からの帰還』である。

 人類は今の地上の支配者だ……と書いても過言でないと思うが、その支配地全景を外側から見た者はほんの一握りだ。暗黒に浮かぶ地球を肉眼で見るとは。地球の美しさとは。そして人生観を一変させてしまうかもしれない宇宙体験とはどのような感覚なのか。

 この本の発表から四半世紀以上が経ち、今ではアメリカとロシアだけでなく世界各国から宇宙飛行士が誕生した。日本からは現在までで12人が宇宙へと飛び立った。この日本人宇宙飛行士たちに、立花氏と同じ着眼点から取材を敢行したのが本書である。著者は1979年生まれのノンフィクション作家で、10代の終わりにこの著作を読み感銘を受けたそうだ。

 本書の読後感をまず述べると、『宇宙からの帰還』に登場する飛行士――伝道師に転向したジム・アーウィンや精神を病んでしまったバズ・オルドリンなど――と比較すると、日本人飛行士たちは宇宙体験に対してややドライな印象を受ける。それに合わせてか、書き手の熱量も格段に落ち着いたものとなっている。これは、もとより日本人は宗教観が薄く、神という存在の捉え方が違うところに起因しているのだろう。が、それよりも、冷戦終結、飛行士の増加といった時代の変化で、宇宙が身近な空間となりつつあることを示しているように思える。

 とはいえ、各々が宇宙飛行の前後で芽生えた感情、感慨を語る場面となると、不意に熱がこもってくる。日本人初の宇宙飛行士である元TBS記者・秋山豊寛は、宇宙ステーションで90分に一度やってくる夜明けの時をこう語る。

「太陽が地表のすれすれを照らし出すとき、恐らく青い波長の光が最初に拡散して、次の赤い波長の光だけが最初に残っているんだと思うんだけれど、水平線というか地平線に当たる部分が本当に深紅に輝くんですよ。で、『あ、夜明けだ』と思った瞬間、深紅に染まった縁の部分が一気に真っ白になる。(略)本当に様々な色の全てが音になって、心地よい音楽のように自分の身体に入ってくるような気がしたんです」

 また、2010年4月、国際宇宙ステーションISS)に15日間滞在した山崎直子は、宇宙空間に到達した時の心境を「すごくファミリア、懐かしい感じがした」と述べ、このように説明する。

「私の身体も宇宙の欠片でできていて、この地球も宇宙の欠片、星の欠片であるわけですから、やはり『宇宙』というのは『故郷』と言って嘘ではないんだろうな、って」

 うまく言い表しにくい、強い感情に揺さぶられている飛行士もいる。これまでに船外活動を3回、20時間近くISSの外に出ていた野口聡一は、自身に湧き起こった内的インパクトの意味を考え続けている。

「ふと目の前にある地球が一個の生命体として――ある意味では自分と同じ生命体として――宇宙に存在しており、いまこうして僕らが話をしているように、そこに一対一のコミュニケーションが存在するかのような気持ちになったんです。(略)大きな物理法則に従いながら、ある一点で二人というか、その二つが共存しているという感覚があった」

 逆に、予想していたよりも大きな体験ではなかった、地球の延長線上にある場所だったと淡泊に自己分析するのは、6ヶ月間ISSで活動した金井宣茂だ。彼は2、3日程度で無重力状態に適応し、日々のスケジュールに追われた。

「そのとき、『やっぱり本当に普通の場所だな』と思ったのですが、私にとってはその『普通さ』こそが驚きでした。そんなふうに『これは宇宙出張だな』という考えが強化されていきましたね。一つ比べるものがあるとすれば、海外に行ったことのない人が初めて海外旅行をしたときと似ていると思います」 

 引用はこのへんにして、多くの宇宙飛行士が言及するのは、地球環境の愛おしさについてだ。宇宙の闇は、畏れを抱くほどに底知れず、想像を絶するほどの孤独がある。昨今、宇宙ビジネスがたびたび話題になるが、経験者からすればあの極限の世界を克服するのはとても容易ではない。

 さらなる活動の場を求めて未開の地へ踏み出していくのは人間の本能のようなものだろうけれど、まだ謎の多い地球のシステムや生命への深い理解がないと、宇宙進出自体が目的化して、その先の社会構築や幸福追求が遠のいてしまうのではないか。

 この考えを発展させ、日本人宇宙飛行士の草分けである毛利衛は「ユニバソロジ」という概念を、また日本人初の船外活動を行った土井隆雄は「有人宇宙学」という学問を創出している。このあたり、立花氏が飛行士たちから聞き取った宇宙体験に対して「実体験した人のみがそれについて語りうる」として安易な総括をしなかったように、本書の著者もあまり解釈を加えていないのが好感だ。

 哲学的・反戦的色合いの濃かった『宇宙からの帰還』と比べると、途轍もないものを読んでしまったという興奮には薄い。しかし、そこには人類の確かな進歩があるように感じる。『帰還』と同じく、無限の想像力と好奇心を喚起する一冊である。