活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【読書日記】『僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由』(稲泉連/文春文庫)

 このブログをはじめてもう4年以上経つ。学生時代に、君の文章はお金になるから何か書いてみたらどうですかとすすめられたのが最初で、好き勝手書いているうち、新聞に寄稿させていただいたり、有名書評サイトのメンバーにお誘いいただいたりと、色々なお仕事が入ってくるようになった。もとより、自分の書いたものを大舞台で発表するくらいしか夢がなかったので、正直もう人生の目標はは6割くらい達成した気分である。
 そんな、大志もなければキャリアプランもいい加減な、面白くもなんともない生き方をしてきたが、振り返ってみれば何度も本に助けられてきた。今後思わぬ転機がないとは言えないが、現時点でこういう道を選んだことに対して後悔は全くない。
 てなわけで、恩返しというほど大層ではないが、初心に返って、気ままに好きな本や気になる本、思い出に残る本を紹介していこうと思う。ニシノ君は影が薄いとかもっと自己主張したほうがいいよとか最近よく言われるので(そもそも私の存在感が濃かったときなんかあっただろうか)、書評ほどかしこまらない、なんでもありの雑多な読書日記にしていきたい。
 前置きが長くなったが、仕事やら人生やらの話をしていて思い出すのが、本書『僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由』である。著者は1979年東京生まれのノンフィクション作家で、2005年に『ぼくもいくさに征くのだけれど 竹内浩三の詩と死』で大宅壮一ノンフィクション賞を最年少受賞している。本書はそれより前の2001年、高校中退後大検を受けて入った大学の在学中に同世代の若者8人から働くことをテーマにインタビューをおこない、個人の物語として綴ったものだ。
 断っておくと、取材された人たちの中に順風満帆な生活を送れている答えた者は一人もいない(女性も出てこない)。成功体験もあまりない。それどころか、みな大人になること、社会に出ることに壁を感じ、鬱屈とした感情に苛まれている。
 なりたいものがなく、誰かに説教してもらいたいと思いながらぼんやりと生活を続ける大学生。体よく就職できたものの成績がまるで伸びず職場の人間関係にも悩むトヨタカローラ営業マン。つらいアトピー症状から逃れるため全精力をもってバンドに打ち込む大学生。小中高をひとりぼっちで過ごし、ゲームが好きだからと安直な動機で行ったゲームクリエイター専門学校で初めて友達ができ遊び暮れるようになったフリーター……。彼らの心の裡で吹き荒れる葛藤はひりつくように鋭い。
 最初に読んだのは大学生のときだったが、こんなに他人事に感じられない本はないと思ったものだった。彼らの悪いところはいくらでも浮かぶ。親に甘えすぎ、自意識が強すぎる、青臭い、社会とは何かと大仰なこと言って単に働きたくない理由を繕っているだけじゃないか等々。しかし、どうして自分が将来同じ轍を踏まないと断言できようか。自分の中に彼らのような不安がないと言えるか。今まで見ないようにしてきた醜い部分を突きつけられたような恐怖を覚え、読み終えてすぐに本棚の奥の方に見えないように封印してしまった。
 思うところあり、数年ぶりに掘り起こして再読してみて、ようやく本書の訴えかけに正面から向き合えるようになった気がする。それは自分が社会に出て、ある程度は物事の道理や人付き合いを理解したからだろう……か。よくわからない。
 ひとつ確信をもって言えるのは、彼らの物語が羨むほど端正かつ誠実に書かれている点だ。これはインタビューアーとしての著者の力量によるものだろう。自分の未熟さを省みるのは容易ではない。ついつい虚勢を張ったり貸したりしてしまいがちだ。そうしたノイズがないゆえに、人間いかにして生きるかという、若い人がどんな時代でも直面する命題が鮮やかに浮かび上がっているのである。
 評はこのへんにして、私も、この本を糧に、著者や彼らの姿勢を見習って、誰の人生の足しになるかは不明だが、自分の話もぼちぼちしていこうと気持ちを新たにした、そんな2019年1月でございました。こんな感じで今後もよろしくどうぞ。