活字耽溺者の書評集

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【800字書評】汚い言葉は消え去るべきか――『悪態の科学 あなたはなぜ口にしてしまうのか』エマ・バーン/黒木章人訳/原書房

汚い言葉は消え去るべきか

 世の中には、公の場で口にすべきでない言葉がある。日本語で言うなら「クソ」「ちくしょう」「クズ」「アホ」、英語で言うなら「fuck」「shit」「cunt」「bugger」「bitch」などがそうだ。こうした言葉を学校や家庭で教わってきた人はまずいないだろう。むしろ「そんな言葉使っちゃいけません!」と厳しく禁じられていたはずだ。しかし我々は、成長していくうちに、これらの言葉に込められた意味も、使う場面も、暗黙のうちに理解していく。

 本書は、そうした汚い言葉の持つ暗い魅力を解き明かさんとする研究や実験の数々を紹介する一冊である。著者はイギリスのロボット工学者かつジャーナリストで、「みなさんが引くぐらいたくさん」口にするほど汚い言葉が大好きなのだそうだ。

 悪態・罵倒語にあたるのは、その社会でタブーとされる事柄だ。世界共通なのは排泄、セックスにまつわるもので、人種、ジェンダー、宗教などは国や地域で差がある。また、時代によっても変化する(たとえば、中世ヨーロッパでは性器やその機能を話すのは不道徳ではなかったが、ルネサンス期に入るとみだらな言葉とされた)。

 挙げられている調査をいくつか紹介しよう。被験者に氷水のバケツに手を突っ込んでもらい、耐え切れなくなるまでの時間を計る実験では、罵倒語を言いながらの方が、言わない場合の1.5倍長くなった。ある企業で、好成績を上げ続けているチームに一週間ボイスレコーダーを着けたところ、仲間内で通じるジョークのニュアンスが込められた罵倒語が飛び交っていた。人間とチンパンジーの類似点を探る実験では、チンパンジーが手話を通じて汚い言葉を学習し人間にぶつけてきた……。

 罵倒語は、辞書から消し去ったり使用を禁じたりしても無意味だと著者は述べる。別の言葉が取って代わるだけだからだ。とどのつまり、人間と汚い言葉は切っても切れない関係なのである。疑問符がつく話もあるが、世界中のどの言語にも存在しているにもかかわらずこの分野の研究は盛んでないため、仕方がないとも言える。興味深い一冊だ。(834字)