活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【800字書評】楽しい語りで疾駆する――『人魚と十六夜の魔法 ぬばたまおろち、しらたまおろち』 白鷺あおい/創元推理文庫

楽しい語りで疾駆する

 人からたまに、どんな本が好きですか、と聞かれることがある。一口に本といっても千差万別なので、こうして書評を書いたり寄稿したりしておきながら返答に窮してばかりだったが、今なら基準の一つははっきりと言える。書き手が楽しんで書いている本です、と。この本がまさしくそうだ。 
 本書は昨年の第2回創元ファンタジイ新人賞優秀賞受賞作『ぬばたまおろち、しらたまおろち』のシリーズ第2作である。著者は岡山県生まれの作家で、歌人でもある。前作の詳細はリンク先の書評を読んでいただくとして、主人公は引き続き深瀬綾乃だが、今作は新たな人間の女の子・影山桜子の視点も加わり、群像劇の様相を呈してきている。

 話を見ていこう。ここは茨城県にある、人間と妖怪(「妖魅」と呼ばれる)が一緒になって薬草学や箒の乗り方などを学ぶ全寮制魔女学校ディアーヌ学院。てんやわんやあったが無事高等部に進学した綾乃は、ハーフ雪女・雪之丞や、小豆洗い、白狐、塗壁といった同級生たち(みな人間の姿に変身できる)と忙しない新学期を過ごしていた。
 そんな折、綾乃たちの学年にロシアからの転校生・水妖ヴォダー(ボダ)君がやってくる。片言だが礼儀正しく、水を自在に操る能力を持ち、すぐに学院中の話題をかっさらっていくボダ君。しかし時を同じくして、学院では、不審者が目撃されたり、生徒のお八つが盗まれたり、幽霊が憑いている着物が桜子のもとに送られてきたりと、奇妙な出来事が相次いで発生する……。
 舞台もストーリーも二転三転した前作と違い、今作はほぼ学院とその近隣で、後半それぞれの事件が収斂していくまでかなりスローペースな学園ライフとなっている。和洋ごった煮、ラブコメあり民俗学ありと変わらず賑々しいものの、あれこれ詰め込みすぎて少々締まりがなくなっているのは否めない。が、前作から貫かれる、駆け抜けるような楽しい筆遣いと適度なゆるさにはどうしてか惹きつけられてしまう。この比類なき魅力そのままに、さらに深みある物語を読みたいと強く望む。(833字)