活字耽溺者の書評集

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【800字書評】ネットでは見えないものを追う――『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』 ドニー・アイカー/安原和見訳/河出書房新社

ネットでは見えないものを追う

 未知の不可抗力。1959年初めの冬、ソビエト連邦ウラル山脈で発生した遭難事故の最終報告書に載った「死亡原因」だ。亡くなったのは、ウラル工科大学の学生とOBから成る登山チーム9名。グループのリーダーの名前を取って「ディアトロフ峠事件」と呼ばれるようになったこの事件の真相を巡り、2010年頃よりインターネットを席巻していた。

 オカルト好事家の興趣を集めている理由は、彼らの異様な死に様だ。皆テントから一キロ以上離れた場所でそれぞれ見つかり、極寒の地であるにも関わらずろくに服を着ていなかった。死因の多くは低体温症だったが、重い外傷で死んでいる者もいた。さらに奇怪なことに、女性の一人は舌を喪失し、数名の衣服からは高い濃度の放射能が確認された。
 彼らが体験したものは何だったのか。アメリカ在住のテレビドキュメンタリー作家である著者は、偶然にもこの事件を知り、次第にのめり込んでいく。やがてオンラインで読める資料は漁り尽くし、それでも興味を抑えきれない彼は、ついにロシアの地へ降り立った……。本書は遺族や関係者の証言、学生たちの日誌・写真、そして現地調査によって最も説得力のある説を導いてみせた大著である。
 謎自体の面白さもあるが、本書の最大の特徴は構成だ。1959年当時のディアトロフ隊、同じく当時の捜索隊、現代の著者たちの3つの視点を交互に入れ替え、まるで社会派ミステリ小説のような重厚な趣向が凝らされているのだ。テレビマンならではのテクニックと言える。
 だが、いちばん胸に刺さるのは、真相よりも、学生たちの紀行風景かもしれない。立ち寄った学校で子どもたちと触れ合ったり、みんなで歌ったり。ふざけて写真を撮ったり、こそこそ恋愛話をしたり。今も昔も変わらない、どこにでもいる陽気な若者たち。ネットのオカルト談義では決して出てこない彼らの溌剌とした姿と、それを活写する著者の熱量が、本書を品格あるノンフィクションに仕立て上げている。ネット全盛の今だからこそ読むべき一冊だろう。(823字)