活字耽溺者の書評集

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【800字書評】南仏の「男爵」警部、海底洞窟に秘められた犯罪に挑む――『狩人の手』(グザヴィエ=マリ・ボノ/平岡敦訳/創元推理文庫)

 1991年、南仏マルセイユ近郊の入り江で、ある海底洞窟が発見される。水深37メートルの地点に入り口を持ち、そこから175メートルもの上向きのトンネルを上った先に、広大な空間が存在していたのだ。学者を驚かせたのは、紀元前2万7千年から1万9千年のものと推定される数多くの壁画があったことだ。描かれていたのは鹿やパイソン、野牛といった動物の絵に、人間の手形など。この洞窟は、発見者の名前を取ってコスキュール洞窟と命名され、今に至る。

 さて、なぜこんな話を始めたかというと、なんか洞窟とか壁画とかロマンチックだから……ではなく、本書『狩人の手』の舞台が南仏であり、このコスキュール洞窟をモデルにした「ル・ギュアン洞窟」が事件のメインパーソンを担っているからだ。

 ことの発端は、マルセイユ近くの海岸で発見された女性の他殺体だ。被害者は先史学を専門とする大学教授で、特にル・ギュアン洞窟の研究に執心していた。時を同じくして、マルセイユ郊外で女性の惨殺死体が見つかる。異様なことに、遺体の肉の一部が食べられ、傍には人間の手の形を写し取った紙が添えられていた。

 この奇怪な2つの事件の捜査をするのが、マルセイユ警察殺人課主任警部、ミシェル・ド・パルマだ。身長185センチメートル、趣味はオペラ鑑賞で、気品ある物腰や風格から「男爵(バロン)」とあだ名されている。義侠心あふれる人物だが、犯罪心理の理解に固執するきらいがあり、そのせいで愛する妻に出ていかれるという悲しい一面もある。

 2つの事件に何か結びつきがあるとにらんだド・パルマは、関係者の聞き込みや、過去にル・ギュアン洞窟近くで発生した3人のダイバー死亡事故の再捜査に取り組む。が、彼を嘲笑するように、殺人犯は同様の手口で次々に女性を殺害していく……。

 南仏の犯罪社会をベースに、海底洞窟と先史学というノンフィクション的エッセンスを絡め、奇抜なキャラクターを自在に動かした本書。展開に不満はないでもないが、一風変わったミステリであることは請け合いだ。(832字)