活字耽溺者の書評集

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【800字書評】『かがみの孤城』 辻村深月/ポプラ社

※この記事は2017年10月15日付産経新聞読書面からの転載です。

逃げ場を見つけ出すには

 昨今、辛い目にあったり理不尽なことをされたりしたら、とにかく逃げろと、盛んに言われるようになった。そのとおりなのだが、これは生きる術を多く知っている大人の理屈である。学校と自宅周辺ぐらいしか世界を持たない子供にとっては、逃げ場を見つけ出すのは容易ではない。本書は、そうした子供たちを主役とした小説だ。

 中学に進学したばかりの安西こころは、同級生から受けた仕打ちで、不登校が続いていた。母親に紹介された子供育成支援教室にも行けなくなり、部屋に籠る毎日。ところが5月のある日、突然自室の鏡が光り輝く。少女の声に導かれて、鏡を抜けた先には、西洋の童話で見るような城と、同じ年頃の子供6人が待っていた。

 子供たちを連れてきた、仮面の少女「オオカミさま」の説明を要約するとこうだ。この城の奥には「願いの部屋」がある。お前たち7人にはその部屋に入るための鍵探しをしてもらう。期限は今から来年の3月末まで。また、この世界と現実の世界は行き来自由だが、城にいられるのは朝9時から夕方5時までで、時間厳守。城には各自の部屋も用意してあるから、好きに使うといい……。

 絵に描いたような異世界ファンタジーの開幕だが、冒険譚ではない。その証拠に、7人とも、初めのうちは、一日中テレビゲームをしたり、ささくれだった心の内を隠しながらコミュニケーションを取り合ったりと、城を現実からの避難場所として利用する。暗黙の了解として存在するのは、全員が現在まともに学校に行っておらず、おいそれとは解決しない事情を抱えていること。そうした秘密を含め、数々の謎がほぐれていく終盤の怒濤の展開は圧巻である。

 どこを逃げ場に選んでも、良いことばかりではない。前途だって保証されているわけではない。それは子供も大人も同じである。でも、自力で奇跡を起こせる場合もあるし、救いの手が差し伸べられることもある。生きてさえいれば。本作はまさしく明日を生きる力をくれる一冊だ。(806字)