活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『チルドレン』 伊坂幸太郎/講談社文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。

純真な心を抱えて

 子どものころの純真な心は、成長していくにつれ消えていく。建前と本音を使い分け、言外のルールを学び、どんどん世間ずれしていく。悲しいかな、そうでもしないと、大人の社会では生き残れない。シビアで少し寂しい現実である。

 しかし、その折り合いのジレンマを抱えたまま大人になってしまう人間も存在する。本書の主人公である家裁調査官・陣内がそれだ。本書『チルドレン』は彼の日常風景と不可思議な謎を描く短篇5篇から成る短篇集だが、それぞれの篇の時間軸が意図的にずらされており、かなりイレギュラーな作品集ともなっている。

 第一話『バンク』、第三話『レトリーバー』、第五話『イン』では、陣内の大学時代が描かれる。この三つの篇から見えてくるのは、陣内のエキセントリックっぷりだ。『バンク』では、銀行強盗相手にビートルズを歌って対抗したり、『レトリーバー』では、失恋に塞ぎ込んでいるかと思いきや、公園のベンチの顔触れが二時間以上変わっていないという奇妙な謎に気づいたりと、いついかなる時でも自分のペースを乱さない。このひねくれ具合は、父親との対立に起因しているようで、最終話『イン』で、その確執の顛末が述べられる。

 対して、第二話『チルドレン』、第四話『チルドレンⅡ』はその十二年後、家裁調査官となった陣内の姿を、後輩調査官の武藤の視点から映し出す。武藤は、調査官として少年事件に真面目に取り組むが、陣内は「適当でいい」と言ってのけ、相も変わらず破天荒であることを見せつける。その一方で、陣内は少年たちから敬慕されており、「少年たちに奇跡を起こす」ことを目指して、あれこれうそぶきながらも奮闘するのである。

 社会に溶け込まず、一般論など蹴飛ばして歩く陣内。どこか大人になりきれない彼であるが、それは決して引け目ではない。彼にとって、家裁調査官は天職なのだ。凝り固まって、一面的な物のとらえ方しかできなくなった人々へのアンチテーゼのような連作ミステリー集だ。(812字)