活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【週刊800字書評】『最悪』 奥田英朗/講談社文庫

※この記事はシミルボンからの転載です。

最悪の状況に向かって落ちていく!

 舞台は神奈川県川崎市近郊、主役は三人。有限会社「川谷鉄工所」経営者・川谷信次郎は、バブル崩壊の不況にあえぎながら、従業員三名の会社をなんとか切り盛りしていたが、近隣のマンション住民から工場の騒音について苦情が入ったり、得意先から大型機械の導入を持ち掛けられたりと、懸案事項が矢継ぎ早に飛び込むようになる。

 大手銀行の行員藤崎みどりは、月末の繁忙期の煩わしさや、高校を中退し遊び歩く妹の将来的不安を抱え、日常生活に憂さを感じていた。そこへ、ゴールデンウィークを二日潰して企画されている新人歓迎会の話が舞い込む。欠席して白眼視されるのを避けるため嫌々参加したみどりだったが、そこで上司からセクハラを受ける……。

 愛知の実家を飛び出して一人暮らしをしている野村和也は、パチンコとカツアゲで糊口をしのぐだけの無軌道な二十歳。あるとき、知り合いのチンピラからトルエン強奪を持ちかけられ、計画は首尾よく行ったかに見えたが、つまらないミスでヤクザから脅迫を受けるようになり、大金を得るため一発逆転を狙う……。

 本書は奥田英朗が1999年に発表した長篇小説。何の関わりもないこの三者が徐々に交錯を見せ、最悪の状況下にはまっていく様を描いたクライムサスペンスだが、これが読み出すと、彼らの落ち行く先がまったく予想がつかず、止められなくなる。

 とにもかくにも不快感の蓄積が素晴らしい。取引先の無茶な要求、製品の欠陥について責任を取らされる下請け、銀行内の苛烈な男社会、止まない耳鳴りなど、誰もが不愉快に感じるものをリアリティたっぷりに積み上げる。彼らは少しでも事態を改善しようと努力するのだが、ことごとく空転し悪化の一途をたどる。このあたりはもう生々しいと言っていい。

 そして精神的危機極まったところで起こる犯罪が、「発生した」ではなく「形成された」と言うのが相応しいほど、各人の行動に不自然さがない。何もかも「最悪」だが、「最高」に面白い、徹夜必至のジェットコースターノベルである。(824字)