活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

【週刊800字書評】『ストーナー』 ジョン・ウィリアムズ/東江一紀訳/作品社

※この記事はシミルボンからの転載です。

地味でも平凡でも生きていく

 2015年に行われた第1回日本翻訳大賞の読者賞受賞作。その前年に亡くなった翻訳家・東江一紀氏の最後の翻訳書でもある。ストーリーは、簡単に言えば、平凡な男が大学で文学の魅力にとりつかれ、そのまま研究者として生きて死ぬというだけの話。斬新でもなければ目新しくもないのに、読み始めると、これがもうとにかく胸を打つ。

 詳しく紹介していこう。1891年、貧しい農家の一人息子として生まれたウィリアム・ストーナーは、物心ついたときからずっと農作業して暮らしてきた。しかし19歳のとき、両親から大学に入るようすすめられ、ミズーリ大学農学部に入学。そこで受講した英文学の授業で深く感銘を受け、文学修士を取るため大学にとどまる選択をする。

 やがて、兵士として戦場に赴いた友人の死や、生涯の伴侶となるイーディスとの結婚を経て、ストーナーは教壇に立つようになる。娘も生まれ、順風満帆な人生……かと思いきや、妻との行き違いで家庭生活が崩壊、態度の悪い学生との諍い、同僚教授との確執と、頭痛の種も次々に現れて、まったく思うようにいかない。

 これらは波乱といえば波乱である。しかし、特段奇抜な設定ではない。ストーナーもべつにエネルギッシュではなく、常に受動的かつ不器用で、殊更成長の場面があるわけでもない。つまり地味なのだ。実際、アメリカで1965年にこの小説が発表されたときは、愛好家の間で話題となっただけで、2006年に復刊されるまでほとんど存在すら忘れられていたそうだ。

 たしかに彼の人生は、耐えることばかりで、面白味はあまりない。だが、挫折と悔恨を重ね、病魔に蝕まれながらも、ストーナーが見出した喜びが、たまらなく美しい。それは彼にしかつかめなかった幸福だ。文学は人間の普遍的な業を描くものだったと再認識させられる。こういう体験があるから、本を読むのはやめられない。

 東江氏は病で結末まで訳ができず、ラスト1ページは弟子の方が引き継いだという事実がまた、心ふるわせる。本を愛していて良かったと思える作品だ。(825字)

shimirubon.jp