活字耽溺者の書評集

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【産経新聞より転載】 『森の人々』 ハニヤ・ヤナギハラ著、山田美明訳 光文社

森の人々

※本記事は2016年11月6日付産経新聞読書面に掲載された書評の転載です。

虚実入り交じる森をゆく

 1950年、免疫学者のエイブラハム・ノートン・ペリーナ博士は、南洋ミクロネシアにあるウ・イヴ諸島のイヴ・イヴ島で、未知の部族と奇病に遭遇する。この疾患は、島に生息するカメを食べることで罹患し、肉体の老化が遅れ何百年も生き長らえることができるが、知能は減退していく。

 博士はこの「セレネ症候群」の発見により、ノーベル医学賞を受賞する。その後博士は諸島の子供43名を養子として迎え入れるが、養子の一人への性的虐待容疑で逮捕され、懲役24カ月の実刑判決を受ける…。

 以上が、冒頭に掲載されたAP通信の記事の梗概だ。驚くべき話の連続だが、これはほんのとば口にすぎない。本書は、このノートン博士の壮絶な半生を自伝形式で綴った、不気味なほどに迫真性あふれるSF小説だ。

 多くの自叙伝がそうであるように、生い立ちから物語は始まる。科学者であるためか、家族関係や研究室の人間模様が冷静かつ論理的に記されているのが特徴的だ。しかし、人類学者とともにイヴ・イヴ島に向かうくだりから、描写はむせ返るほど濃密となる。生命の臭いが充溢するジャングル、諸島に伝わる神話、異様な風貌の人間たちとの邂逅…。

 特筆すべきは、本文中に差し挟まれる細やかな注釈だ。編集したのはノートンの共同研究者で、獄中のノートンに自伝執筆をすすめたのも彼である。動機は友人としてノートンの名誉を回復させたいため。本書の読みどころはここで、ノンフィクションの体裁を守りながら、実は内容すべてが客観的に書かれているとは言い切れないのだ。それゆえに、至る所に謎が潜んでいるような気味の悪さが漂う。

 さらに訳者あとがきによれば、ノートンは実在の科学者がモデルになっているという。ウ・イヴ諸島の地図、ノートンの年譜、ウ・イヴ語一覧も付けられ、この本を読むこと自体が、虚実入り交じる森の調査と同義となっている。著者は1975年ロサンゼルス生まれのハワイ系4世で、本書が処女作。恐るべき文章力、構成力である。(816字)

 

森の人々

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