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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

極私的2015ベスト 第2部(海外文学、ノンフィクション、偏愛本)

 昨日に引き続き、2015年ベスト本の記事である。本記事では、海外文学(ミステリ以外)、ノンフィクション、そして私が偏愛する本を紹介する。

 

海外文学(ミステリ以外) ベスト5

1位 『神の水』 パオロ・バチガルピ 中原尚哉訳 新ハヤカワSFシリーズ

神の水 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

2位 『歩道橋の魔術師』 呉明益 天野健太郎訳 白水社エクス・リブリス

歩道橋の魔術師 (エクス・リブリス)

3位 『グルブ消息不明』 エドゥアルド・メンドサ 柳原孝敦訳 東宣出版

グルブ消息不明 (はじめて出逢う世界のおはなし―スペイン編)

4位 『夜が来ると』 フィオナ・マクファーレン 北田絵里子訳 早川書房

夜が来ると

5位 『街角の書店 18の奇妙な物語』 中村融編 創元推理文庫

街角の書店 (18の奇妙な物語) (創元推理文庫)

 1位は、深刻な水不足により、水資源をめぐって各州が軍事的に対立したアメリカ南西部を舞台にした近未来SF。……だと思って読み始めたら、ストーリーは無慈悲なほどに暴力生々しいノワールサスペンスで驚かされた。SFを下敷きにした船戸与一と言えばわかりやすいだろうか。水利権を示すマクガフィンを求め、荒廃した砂漠の大都市で、「ウォーターナイフ(水工作員)」の男、ジャーナリストの女、難民の娘が交錯していくというミステリ的な趣向が読む者を飽きさせない。今年いちばんの、とんでもないページターナー本であった。

 2位は高度経済成長期の台湾・台北に実在した大型商業施設「中華商場」の記憶や思い出を集めた連作短篇集。九龍城のようなアジアンチックな混沌に惹かれて読んだが、センチメンタルに陥らない寂寥感のある文体に心奪われてしまった。ジュブナイルとしても、芳醇な大人の物語としても読める、極めて上質な翻訳小説だった。他の台湾文学の邦訳を切に願う。

 3位はオリンピックを二年後に控えた1990年のバルセローナに宇宙人二人が紛れ込んでしまうというコメディSF。なぜコメディなのかというと、この宇宙人たちはちゃんと人間に化けて地球文化と接触するのだけれど、車に轢かれまくるわ、シングルマザーにアプローチするわ、大量のチューロを購入するわと迷走しまくるからだ。しかもそれを分刻みの真面目な報告書として記すものだから、尚更可笑しい。でも決してユーモアばかりでないのも読みどころだ。

 4位は、シドニー郊外の海辺で暮らす老女のもとにトラが現れるファンタジー……かと思いきや、全く別の方向に逸れていった不思議な小説。ミステリはそれなりに読んでいたつもりだったのに、まさかこの幻想小説のような装丁と美しい描写からサスペンスが始まるとは予想できなかった。文学の奥深さを再認識してしまった一作。

 5位はいわゆる「奇妙な味」短篇18選からなるアンソロジー。超絶技巧があったり、悪意まみれだったり、不気味な結末を迎えたりと、短篇を読む楽しさを十二分に味わえるのが素晴らしい。気になる篇から読んでも良いが、選び方だけでなく、並べ方にも工夫を凝らしていると編者が述べるように、順番に読んで編纂の妙も堪能するのも一興。個人的にはラストの二篇、『旅の途中で』と表題作が好きである。

 

ノンフィクション

 ノンフィクションもそこまで読んでいないため、順不同で三作紹介する。

○『トマス・クイック 北欧最悪の連続殺人犯になった男』 ハンネス・ロースタム 田中文訳 早川書房

トマス・クイック‐北欧最悪の連続殺人犯になった男

『真夜中の北京』 ポール・フレンチ 笹山裕子訳 発行:エンジン・ルーム、発売:河出書房新社

真夜中の北京

○『暗渠マニアック!』 吉村生、高山英男 柏書房

暗渠マニアック!

 『トマス・クイック』は北欧発の事件ノンフィクション。30人以上の男女を殺害し、8件の裁判で有罪となった男は、実は「誰一人も殺していなかった」という、驚くべき冤罪の実態を暴き出した大著である。分厚く、北欧の名称の頻出するため読み易いとは言えないが、著者の執念を感じ取るだけでも読む価値はある。

 同じく執念の書となるのが『真夜中の北京』。日中戦争前夜の北京で発生した若い娘の惨殺事件を追うノンフィクションだが、これがそこらのミステリより読ませる。仄暗い北京の情景、時代に翻弄され消えていく登場人物、そしてついに白日の下にさらされる真相……。読後のカタルシスそのままに書評を書いてしまった思い出。

 国内からも一冊。『暗渠マニアック!』は、暗渠好きの著者二人による暗渠ガイドブック。暗渠とはもともと川や池だった場所のことだが、まさかそんなニッチなところにハマる人々がいるとは、と瞠目した。しかし読んでみると、図版・写真をたっぷり使って真剣に魅力を語っていくものだから、知的好奇心をがんがん刺激されて面白い。見慣れた街の景色が一変する、おそろしい読み物だった。

 

偏愛本

 思い入れの多い本を二冊。

○『スーパーセル 恐ろしくも美しい竜巻の驚異』 マイク・ホリングスヘッド、エリック・グエン 小林文明監訳、小林政子訳 国書刊行会

スーパーセル  恐ろしくも美しい竜巻の驚異

  竜巻追跡の専門家の二人がとらえた「ストーム」の写真集。枚数にして340枚! 竜巻は言うまでもなく災害なのだが、世の中には私を含め竜巻に恋してしまう人間も少なからずいるのであり、そういう変な人たちにはたまらない一冊である。異常気象が叫ばれる昨今だけれども、たまには自然が描き出した芸術として、千変万化する竜巻の姿をじっくり眺めてみるのも乙なものだと言いたい。惚れる理由がわかります。

○『エディに別れを告げて』 エドゥアール・ルイ 高橋啓訳 東京創元社

エディに別れを告げて (海外文学セレクション)

 過酷な貧困と差別から抜け出すため、故郷も名前もすべて捨てたフランス人の若者が書き記した私小説。詳しい内容は割愛するが(以下のリンクの書評をお読みください)、私が最初に新聞に寄稿した本でもある。著者は1992年生まれで私と同い年であり、私は彼のような体験をしてきたわけではないけれど、その壮絶さに、書評を書かずにはいられなかった。彼が11月に来日した際、神楽坂で催された囲む会で「書きたいから書いた」と述べたこと、サインをいただいたこと、その日の翌日のパリでの同時多発テロ……といった出来事の数々も忘れられない。私にとって大切な一冊である。

 

 ということで、書評ばっかりの拙ブログを来年もよろしくお願いします。