活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

極私的2015年ベスト 第1部(海外ミステリ、国内文学、話題本)

 早いもので2015年も残すところわずかとなり、雑誌各誌では年末恒例の書籍ランキングが賑わいを見せている。私個人、今年は産経新聞にちょくちょく書評を寄せるようになったためか、どの本がランキング入りしたかより、どの評論家が何の本に投票したかに興味をそそられるようになってしまった。

 そんなわけで同じようなことをやりたくなったので、ブログという場があることだし、今年のベストをジャンルごとにまとめてみた。本記事、第1部では海外ミステリベスト5を紹介する。また、順不同だが国内文学と、今年発売ではないが話題を集めた本にも言及する。

 

海外ミステリ ベスト5

1位 『声』 アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由美子訳 東京創元社

声

2位 『ザ・ドロップ』 デニス・ルへイン 加賀山卓朗訳 ハヤカワ・ミステリ

ザ・ドロップ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

3位 『悲しみのイレーヌ』 ピエール・ルメートル 橘明美訳 文春文庫

悲しみのイレーヌ (文春文庫 ル 6-3)

4位 『見張る男』 フィル・ホーガン 羽田詩津子訳 角川文庫

見張る男 (角川文庫)

5位 『猟犬』 ヨルン・リーエル・ホルスト 猪俣和夫訳 ハヤカワ・ミステリ

猟犬 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

番外 『禁忌』 フェルディナント・フォン・シーラッハ 酒寄進一訳 東京創元社

禁忌

 1位は、クリスマスの喧騒にわくホテルの地下で惨めに殺された男の生涯を追う、捜査官エーレンデュルシリーズの第三作。前二作と比較すると、エーレンデュルにウィットが見られるなど、幾らか明るくなっている。意外性はそこまでだが、思うままにいかぬ人間関係や家族模様の掘り下げが、小説としての完成度を高めていた。人生の節目で読み返したい北欧ミステリ。

 2位は、ギャングのさばる街の冴えないバーテンダーが子犬を拾うところから始まるノワールサスペンス。中篇程度のボリュームながら、あふれ出る重厚感と緊張感が凄まじい。アイロニーのある言い回しも切れ味鋭く、詩情すら感じてしまう。さすが巨匠デニス・ルへインであった。映画も早く観たいところ。

 3位は『その女アレックス』の前日譚で、カミーユ・ヴェルーヴェン警部登場作。ネタバレになるので詳しくは書けないが、正直言ってこの二作の悪趣味ぶりは好きになれない。だがそれだけ突き抜けているからこそ、読む者に鮮烈なイメージを残すのだろう。『アレックス』と同じく、展開には度肝を抜かれた。

 4位は他人の私生活をのぞくのが大好きな男ヘミングの話。初読ではぱっとしない印象だったが、レビューのために再読したら、かなり巧妙に伏線が張られていたことに驚いた。でもやっぱりヘミングの人物像が面白い。間違いなく変態なのだが、変態と言い切ってしまうと違和感を覚えてしまう不思議な小説。

 5位はノルウェー発の警察小説。警察官の父とジャーナリストの娘がコンビを組んで、陰鬱な雨のなか地道に捜査するという情景に心くすぐられた。著者は元警察官なだけあってか、なかなか堅牢な構成で、渋い。各誌のミステリランキングには一切入らなかったが、私はとても好きである。他の作も読みたい。

 番外となったが、『禁忌』は、純文学のような趣があり、本国ドイツよりも日本との親和性が高そうな、興味深い小説であった。余談だが、私がブログに書いたこの本の書評が知人の間でやたら人気だった。

 

国内文学

 国内作品はそれほど読んでいないため、オールジャンル・順不同で、気になった作品を三作挙げる。

○『悲素』 帚木蓬生 新潮社

悲素

○『颶風の王』 河﨑秋子 角川書店

颶風の王

○『羊と鋼の森』 宮下奈都 文藝春秋 

羊と鋼の森

 まず『悲素』は、中毒学が専門の医師が和歌山毒入りカレー事件の真相に迫る医学ノンフィクションノベル。末恐ろしいのは、登場人物を仮名にしているだけで、おそらくほぼ実話であること。毒物による保険ビジネスの実態に何度も背筋が凍った。

 筆力に驚いたのは『颶風の王』。何しろ、六世代にわたって馬とともに生きた一族という、大長篇にもなり得る題材を、三つの中篇で簡潔にまとめ上げている。新人作家とは思えない描写も迫力があった。ぜひ著者にはもっと書いていただきたいです。

 『羊と鋼の森』は、一人の青年が調律の仕事を通して成長していく物語。この小説が示した、言葉にできない意思の疎通の難しさ、もどかしさが、とっても好きだ。こういう作品の書評を新聞に書けたことがこの上なく嬉しい。第154回(平成27年下半期)直木賞候補作。

 

話題本

○『ストーナー』 ジョン・ウィリアムズ 東江一紀訳 作品社

ストーナー

 第1回日本翻訳大賞読者賞受賞作。翻訳家・東江一紀さんの最後の翻訳書でもある。平凡な男ストーナーが大学で文学の魅力にとりつかれ、そのまま研究者として生きて死ぬという、たったそれだけの話。……なのだが、これがもうとにかく胸を打つ。耐えることばかりで、面白味のない人生でも、ストーナーが見出した生きる喜びに、涙腺が緩んで仕方がないのだ。こういう体験があるから、本を読むのはやめられない。

 東江さんは病で結末まで訳ができず、ラスト1ページは弟子の方が引き継いだという事実がまた、心ふるわせる。本を愛していて良かったと思える、地味で美しい小説。

 

 第2部ではミステリを除いた海外文学ベスト5、ノンフィクション、そして私が個人的に思い入れのある作品を二冊紹介する。