活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

記憶に残る短篇集10選

 少し前に、Twitterで「#本棚の10冊で自分を表現する」なるハッシュタグが話題を集めていた。詳しくは以下のリンクからわかるが、自分ならどんな10冊だろうと、本棚を探っていたところ、偶然にも、中学から高校時代にかけてつけていた読書記録を発見し、当時のことを鮮明に呼び覚ましてしまった。

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 本稿では、その読書記録から、短篇集(連作短篇含む)に絞って、愛着のある10冊を選び出してみた。思い入れのある作品は他にもあるが、やはり10代の頃の読書体験が今の自分を形作っていると感じる。

 

用心棒日月抄 (新潮文庫)

用心棒日月抄 (新潮文庫)

 

 のっぴきならぬ事情により脱藩した26歳の青江又八郎は、剣の腕を活かし用心棒稼業で食い扶持を稼いでいる。犬の番、娘のお守り、夜鷹の仇討……。時を同じくして、江戸城では、かの有名な「赤穂事件」の幕が切って落とされていた――。中学時代に担任の先生から借りたのが本書で、青江の矜持と生真面目さに惚れ込んでしまった一冊。捕物帳のような雰囲気もある。話を重ねるごとに「忠臣蔵」の実相に肉薄していく構成も面白い。続刊が三作出ている。

 

卒業 (新潮文庫)

卒業 (新潮文庫)

 

 タイトルの「卒業」とは、新たな出発を感じさせる終わりのこと。収められた四篇の登場人物たちは、それぞれの親子関係において、「卒業」、すなわち「親の死」に関わる大きな壁に直面する。主人公は皆40代前後で、私とはかなり年齢差があるけれど、何度読んでも、なぜか込み上げてくるものがある。親が子を想う気持ちを、親の目線で見ることができたからだろうか。本書には、誰もが一度は通る、不朽不変のテーマが詰まっている。

 

陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫)

陰陽師(おんみょうじ) (文春文庫)

 

 時は平安、物の怪たちが闇に紛れて暗躍する時代、天才「陰陽師」安倍清明は、親友の源博雅とともに、巷の怪事を見事に解決していく――という話だが、ミステリや幻想小説というよりは、このコンビから生まれる可笑しさをまじえた美術作品である。二人が酒を飲み交わしている情景を読むだけで、心に平穏と幸福が訪れる。現在、長篇含め続刊は十三作。この『陰陽師』シリーズを知ったのは、小学校の図書室にあった岡野玲子さんの漫画版(白泉社)からだった。こちらも素敵な作品である。

 

スコーレNo.4 (光文社文庫)

スコーレNo.4 (光文社文庫)

 

 自分を平凡だと思う女の子・津川麻子が、中学、高校、就職、結婚の四つの過程を経て成長していく物語。区分するなら長篇なのだろうけど、それぞれの章が、家族小説、青春小説、仕事小説、恋愛小説というように色合いが変わり、短篇としても質が高いので、少々強引だが入れてみた。派手さのない、ごく普通の話なのに、読み返すたび、「ああ、明日もちゃんと生きていこう」と思える力強さ、瑞々しさに溢れている。

 

第三の時効 (集英社文庫)

第三の時効 (集英社文庫)

 

 F県警強行犯係一班朽木、二班楠見、三班村瀬。彼らは熾烈に功を争い、せめぎ合い、頭脳の限りを尽くして、事件を「食らう」……。呼吸を忘れてしまうほどに没頭して読んだ記憶がある。刑事たちのひりつくような葛藤、徹底したリアリティ、簡潔な文体から滲む精神的切迫に、読む側も息を詰めてしまうのだ。本書はそんな横山作品の中でも屈指の緊迫感に満ちている。と同時に、本格ミステリとしても完成された、最高級の警察小説である。

 

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

あなたに不利な証拠として (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 五人の女性警官の生き様が、数々の死闘や凄絶な現場を通して、淡々と語られていく連作短篇集。はっきり言って、ミステリではない。そして、生半可には読めない。短く静謐な文章と、その行間に、悲鳴にはならない、身を引き裂かんばかりの哀しみが閉じ込められているからだ。それも、五感を痺れるように刺激されて。記憶に残るというよりは、記憶から消せない一撃を受けた本である。タイトルは「ミランダ警告」の一部から。

 

クライム・マシン (河出文庫)

クライム・マシン (河出文庫)

 

 各短篇のあらましを伝えようと思うと、オチまですべて話さなくてはならない。それだけ簡潔で、無駄な部分をどこまでも削ぎ落としたミステリ短篇集が本書である。コージーミステリのような軽やかさとユーモアを備えつつ、華麗に予測不能な結末を持ってくるお洒落っぷりが飽きない。これだけ短くても、人を楽しませることができると知った一冊。2005年、短篇集としては異例の「このミス」一位に輝いた。

 

  • 『影が行く ホラーSF傑作選』 中村融編訳 創元SF文庫
影が行く―ホラーSF傑作選 (創元SF文庫)

影が行く―ホラーSF傑作選 (創元SF文庫)

 

 ホラーSF映画の名作【遊星からの物体X】の原作『影が行く』を含む、未知の「もの」からの脅威を描いた13篇から成るテーマアンソロジー。エイリアン、幽霊、クトゥルフ的怪物、アンドロイドと、今日でも根源的恐怖を煽ってやまない対象が目白押しとなっている。収録作はすべて古典的作品だが、古臭さはほとんどない。ホラーSFというジャンルの恐怖がいかに現代で浸透しているかを知ることのできる、充実の一冊。

 

悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)

悪魔の涎・追い求める男 他八篇―コルタサル短篇集 (岩波文庫)

 

 初めて読んだときは、よくわからなかった。何故手に取ったのかも覚えていない。ただ、記憶の底には残っていた。数年ののち、新聞で本書の紹介を見かけたのをきっかけに読み返し、おぼろげながらようやく理解した。本書は、現実から非現実へと落ちていく感覚を疑似体験できるのだ。それは読書であったり、悪夢であったり、閉ざされた空間であったり、思索の果てであったりする。心の奥をくすぐるような幻想短篇集である。

 

一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)

一角獣・多角獣 (異色作家短篇集)

 

 好きな短篇集を「一冊だけ」挙げろと言われたら、これだろう。早川書房から復刊されたこの「異色作家短篇集」の叢書で知った作家は多いが、中でもこの本との出会いは驚きだった。SF作家なのに、一篇一篇は、ホラー、ミステリ、恋愛、ファンタジーとすべて色彩が変わり、設定も展開もまさしく奇想、なんだか入り込みにくい――かと思うと、いきなり身近な存在となって語りかけ、心臓を鷲掴みにして去っていく。粒ぞろいの、忘れ難き作品集だ。

 

 以上10冊だが、多少の思い出補正は入っているかもしれない。しかし、どれもこれも定期的に再読の誘惑に駆られる名作である。いずれ長篇でもやってみたい。 

 

nashino13188.hateblo.jp

陰陽師 (1) (Jets comics)

陰陽師 (1) (Jets comics)