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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

『文章心得帖』 鶴見俊輔 ちくま学芸文庫

ノンフィクション・人文書・研究書

文章心得帖 (ちくま学芸文庫)

良い文章を書きたいと願って

 書いた文章をさらすのは、いつになっても慣れない。文章には書き手の人となりがあらわれる。自分のありのままの姿をさらけだしているようなものだ。どう読まれるか、ちゃんと伝わるか、変なことを書いていないかと、書いている最中でも兢々としている。こうした緊張感は、推敲や校正で厳しくなれるのでありがたくもあるが、心配性のため、掲載した後でさえ時おり不安に駆られてしまう。この本を読んでいる時もそうだった。

 本書は、今年の7月20日に亡くなった哲学者・鶴見俊輔が、現代風俗研究会というグループのメンバーを生徒として1979年に開かれた文章教室の記録である。内容は、「書評」「自分の見聞」「目論見書」の三つの文章を生徒に書かせ、それを講評していくというシンプルなもの。だが、ノウハウ本にありがちな技法の類はほとんど示されず、かといって生徒(読者)に対して全く不親切なわけでもない、ちょっと不思議な文章読本だ。

 まず、文章を書く上での最重要項目として「紋切型の言葉を突き崩す」ことが幾度となく述べられる。加えて、「余計なことを言わない」ことと、文章の理想の方向として、「誠実さ」「明晰さ」「わかりやすさ」の三つが列挙される。「紋切型を突き崩す」とは「他人の言葉を使わず、自分の肉声で書く」ことだ。なんとなく簡単なようにも感じるが、いざ実践しようと筆を執ると、これがなかなか難しい。

 紋切型だとされた言葉を挙げてみる。「戦後強くなったのは女と靴下である」「あまりにも有名な」「エリートコースを歩む」「噛みしめるような孤独感」「自省の念にかられている」。言うなれば、これらはみな、定番の服装や流行りの物品で着飾っただけで、中身は空っぽの言葉だ。つまり、文章の中で出くわしても、意味が込められていないと判断されて、想像が広がらない言葉こそが、「紋切型」なのである。

 本書は難解ではない。非常に平明だ。生徒の作文の他に、著者が名文だと感じた文章も差し挟まれ、理想の「良い文章」ははっきりと理解できる。しかし著者は「こう書くべきだ」とは言わない。あくまでも「こう書きたい」である。それは、生徒の先を行ってはいるけれど、著者自身もまた、紋切型と闘い、理想へと歩み続けているからだ。そこに、文章が紡ぎだすことのできる世界の広さが垣間見える。

 究極的に良い文章とは、きれいに割り切れているものではなく、重大な問題を抱えたあがきが伝わってくるものだと著者は言う。その言葉に、不安ばかりの私も少し勇気づけられる。本書は、良い文章における不変の本質を伝えるとともに、著者の誠実な人となりもあらわれた名著である。

 

文章心得帖 (ちくま学芸文庫)

文章心得帖 (ちくま学芸文庫)