活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『宇宙からの帰還』 立花隆 中公文庫

「神の視座」から見るとは

 およそ半世紀前、人類は初めて月に降り立った。米ソが宇宙開発競争に明け暮れていたこの時代、宇宙へ飛び立った宇宙飛行士は百人あまり。漆黒の宇宙に浮かぶ地球を見て、彼らは、何を感じ、どんなインパクトを受け、何が変化したのか――。

 宇宙飛行士たちの「その後」に着目し、宇宙体験が精神的にどのように影響を与えたのか、インタビューを重ね、まとめたのが本書である。驚くべきことに、著者がインタビューするまで、宇宙飛行士たちは、お互いに、自身の宇宙体験について話したこともなければ、このようなインタビューを受けたこともなかった。そのためか、科学的、技術的要素はほとんどなく、全体を通して、神秘的な哲学書のような雰囲気が漂っている。

 月の上で「神がすぐそこにいた」と啓示のごとく実感し、NASAを辞めて伝道者となった者。地球へ帰還後、紆余曲折を経て、鬱病を発症した者。政界やビジネスの世界へ進出した者。環境問題へ取り組みだした者。宇宙体験は何の影響も与えなかったと答える者。自身の宗教観を一変させてしまった者……。

 登場する宇宙飛行士のコメントに共通するのは、宇宙体験とは言葉で表現しきれないものであることだ。著者は、本書の結びで、宇宙体験は実体験でのみ語りうることだとして、安易な総括を避けていることからも、彼らの体験は想像を絶していることが窺える。しかしそれでも、彼らのメッセージやその後の人生を読み込んでいくと、世界を見るためのスケールが大きく変化していることに気付かされる。

 我々の世界は、多種多様な価値観が偏在している。価値観の差異による対立が、戦争を生む。本書の最後に登場するミッチェルとシュワイカートは、宇宙体験を通して、「人生とは何か」「人間とは何か」と問い続け、人類の将来について進化論的に考え始める。その視座は、他の価値観を認め、視野を広く持つことの極致であり、戦争への一種のアンチテーゼとなっている。想像を絶しながら、無限の想像力を掻き立てる一冊だ。