活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

「夏の10冊」を選んでみた 2015年版

 今年も書店に出版各社の「夏の100冊」が並び、賑わいを見せている。とはいえ、夏にフェアをやらない版元もあれば、そもそもそんなフェア自体めったに実施しない(できない)版元もある。そこで、文庫限定で、そういった版元の作品と、今年の新潮文庫・角川文庫・集英社文庫の「夏の100冊」に入っていない作品から、「これもあってほしい!」と思う「夏の10冊」を選んでみた。(2015年8月1日現在)

 

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

悪童日記 (ハヤカワepi文庫)

 

 ほとんど説明不要の世界的ベストセラー。戦禍を逃れ、田舎のおばあちゃんのもとでしたたかに生き抜く双子の少年。彼らが書き記す、感情を排した簡潔な「日記」からあらわれ出でる異様な倫理観から、生々しい暴力や悪意の数々に、何度読み返しても打ち震える。文学の懐の広さ、読書の面白さを十二分に味わえる小説である。

 長い間映像化不可能と言われていたが、2013年に著者の故国ハンガリーにて映画化され、昨年日本でも公開された。

 

([み]5-1)少年十字軍 (ポプラ文庫)

([み]5-1)少年十字軍 (ポプラ文庫)

 

 13世紀ヨーロッパ(フランス)で、天啓を受けた少年エティエンヌが、子供ばかりの十字軍を率いてエルサレム奪還を目指す歴史長編小説。歴史的事実である「少年十字軍」が題材。少年たちがずる賢い大人たちに幾度となく利用され、過酷な運命に翻弄され続ける道中は、現代でも差し迫った状況のような気がしてならない。史実を知ったうえで読むとまた違ったインパクトを受ける作品でもある。

 

ストリート・キッズ (創元推理文庫)

ストリート・キッズ (創元推理文庫)

 

 元ストリート・キッドの若き探偵ニールが、行方不明の議員の娘を探して奔走する一夏を描いた青春ハードボイルド。魅力的なキャラクター造形、瑞々しく軽妙な文体、探偵術講座やユーモア溢れる掛け合い、東江一紀さんの名訳など、どこを取っても一級品の翻訳小説である。

nashino13188.hateblo.jp

 

山猫の夏 (小学館文庫)

山猫の夏 (小学館文庫)

 

 今年4月22日に亡くなった著者が、1984年に発表した大冒険活劇。痛快無比に突き進む無頼漢・山猫〈オセロット〉の存在感はさることながら、灼熱のブラジル奥地、血なまぐさい抗争、砂漠を覆い尽くす蝗の大群、ギリギリの命の駆け引きと、まさしく夏に読むにふさわしいダイナミズムに満ちている。読み終えたあとに残る一抹の清涼感も素晴らしい。日本冒険小説協会大賞、吉川英治文学新人賞受賞作。

 

孤独の歌声 (新潮文庫)

孤独の歌声 (新潮文庫)

 

 アイデンティティの「孤独」をテーマとしたサイコサスペンス。「絆」やら「寄り添い」やら、歯が浮くような定型句で要求されるつながりや、孤独が反社会的であるような風潮に辟易している人には最良の作品。1994年発表だが、20年近く経った今でも、色褪せない迫力を誇る。日本推理サスペンス大賞優秀作。

nashino13188.hateblo.jp

 

グロテスク〈上〉 (文春文庫)

グロテスク〈上〉 (文春文庫)

 

 1997年の東電OL殺人事件を下敷きに書かれた泉鏡花文学賞受賞作。「怪物」たちが培養されたQ女子高の階級社会は、今でいうスクールカーストの先駆と言っても過言ではない。階級の最下層で孤立していた和恵が、努力して一流企業の社員になるも、夜は進んで娼婦に変身するに至る経緯は凄惨であり、寂しくもある。悪意の込められた語り口に、登場人物たちの事実認識の歪みなど、共感を一切拒絶する。

 

神田川デイズ (角川文庫)

神田川デイズ (角川文庫)

 

 東京のとある大学に通う男女6人の青春群像劇。といっても、描かれるのはキラキラしたキャンパスライフではなく、いわゆる「大学デビュー」が上手くいかず、劣等感を捨て切れない日陰者の苦悩である。勉強しか取り柄がない、学生運動に惹かれる、スマートさをアピールして滑りまくる、達観したように自堕落な生活を送る……。悩める彼らが最後に踏み出した一歩が、切なくも愛おしい。 

 

或る「小倉日記」伝 (新潮文庫―傑作短編集)

或る「小倉日記」伝 (新潮文庫―傑作短編集)

 

 苦難の末、43歳にしてようやく作家となった松本清張の初期短編集。表題作は芥川賞受賞。ハンディキャップ、血筋、貧困、コンプレックスといった暗い境遇に負けじと、芸術や学問の世界で才能を燃やして己の存在意義を問わんとする人々を描く。彼らの努力は報われず、それゆえに読後の精神疲労は筆舌に尽くしがたい。が、強靭な意志が秘められたその文章に、深く胸を打たれずにはおれない。

 

  •  『僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由』 稲泉連 文春文庫

僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫)

僕らが働く理由、働かない理由、働けない理由 (文春文庫)

 

 執筆当時大学生だった著者が、働くこと、社会に出ることに疑問や不安を抱く八人の若者を取材したノンフィクション。エリートコースを歩む人から、フリーターや引きこもりまで、彼らの揺れる心の襞の一つ一つを、温かく誠実な眼差しで綴る。真っ当に働いている人には縁のない話だろう。しかし、単行本の刊行から14年の歳月が流れた今、彼らのような葛藤を抱える人はだいぶ増加しているのではないかと感じる。

 

  • 『宇宙からの帰還』 立花隆 中公文庫

宇宙からの帰還 (中公文庫)

宇宙からの帰還 (中公文庫)

 

 「宇宙体験は、人にどんな変化をもたらすのか」。そんな問いを根幹に、宇宙開発競争の時代に宇宙へ旅立った宇宙飛行士たちの「その後」に着目し、インタビューを重ね、まとめあげた名ノンフィクション。科学的、技術的要素はほとんどなく、哲学的な雰囲気が漂う。漆黒の宇宙から地球を俯瞰する、まさしく神のごとき行為が与えた衝撃は、想像を絶しながらも、無限の想像力を掻き立てる。

 

 以下、今年の「夏の100冊」と、過去に行われた100冊フェアの版元リンク。参考までに。なお、集英社文庫のみ85冊である。また、東京創元社は2010年にTwitterユーザーが選んだ100冊で、単行本も含まれている。

 

悪童日記 [DVD]

悪童日記 [DVD]