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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

『まだなにかある』 パトリック・ネス 三辺律子訳 辰巳出版

まだなにかある(上)

予測不能のヤングアダルト小説

 海で溺れ、岩礁に激しく打ちつけられて死んだ16歳の少年セス。しかし、目を覚ますと、全く見知らぬ町の道路で倒れていた。体中に包帯のような白い布が巻かれ、所々に金属片が取りついた状態で。周囲を見渡しても、車の往来はおろか、人の気配は一切なく、動物すらもいない。すぐそばの民家に入ってみるが、電気やガスは通っておらず、埃まみれである。しかしその家のある物体を見た瞬間、突如として謎の夢に誘われる……。

 と、これが上下巻合わせて500ページ近くある本書の冒頭部分である。しかし、物語の紹介はこの程度にとどめておきたい。なぜなら、この作品の最大の魅力は、物語の筋が予測不能な状態、もっと言えば予測が裏切られる感覚を楽しむ点にあるためだ。

 さらにはジャンル分けも非常に困難である。というのも、SF、ファンタジー、ミステリ、恋愛、教訓、寓話、ディストピアなど、様々なジャンルの要素や技巧が含まれており、区分が容易ではないためだ。帯の文句にある「ボーダレス・ノベル」という表現が最も的確だろう。

 著者パトリック・ネスは1971年アメリカ生まれ、イギリス在住の作家。ヤングアダルト向けの作品を多く発表している。『心のナイフ 混沌の叫び1』でガーディアン賞、『問う者、答える者 混沌の叫び2』でコスタ賞児童書部門を受賞し、また、『人という怪物 混沌の叫び3』『怪物はささやく』で二年連続カーネギー賞、後者はケイト・グリーナウェイ賞にも輝いた。なお、これらの作品はすべて邦訳されている。

 死に至る顛末を語る夢と、殺風景でまさしく地獄のような現実で、自己の存在を問いかけ続けるセス。どこに物語が着地するのか全くわからないその状態は、次第に読む側にも浸食し、彼を通じて、一種のロールプレイングを行っているような錯覚に陥る。だが、決して難解ではなく、かと言って徹頭徹尾ティーン向けというわけでもない。アイデンティティを問うだけでなく、誰もが必ず一度は経験する感覚に揺さぶりをかける、そんな物語である。

 

まだなにかある(上)

まだなにかある(上)

 

 

まだなにかある(下)

まだなにかある(下)

 

 

怪物はささやく

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