活字耽溺者の書評集

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『疫病神』 黒川博行 新潮文庫/角川文庫

疫病神 (新潮文庫)

毒は毒をもって制す

 裏社会を描いた作品は、主役が犯罪者だったり、めちゃくちゃな論法が罷り通っていたりと、総じて暗く、重い。本書『疫病神』もジャンル分けするならばそういったノワール小説にあたるだろう。しかしそれでは本書の持つ魅力を半分も伝えられていない。『疫病神』シリーズは、主役二人のハードボイルドであり、クライムサスペンスでもピカレスクでもあり、社会派ミステリの要素もあって、そして何より「笑える」という、稀有なノワール作品である。

 大阪の西心斎橋に建設コンサルタント事務所を持つ二宮啓之は、工事現場での暴力団対策としてヤクザを斡旋する「前捌き」で食い扶持を稼ぐ、しがない35歳である。ある日、建設廃材の中間処理を行う会社の社長から、産業廃棄物の最終処分場の造成計画への妨害工作の首謀者の調査依頼を受ける。きな臭さを覚えながら仕事に乗り出すと、案の定、処分場が持つ数十億の利権に垂涎するワルどもによるトラブルに巻き込まれる。

 成り行きから、二蝶会のヤクザ・桑原保彦に助けられ、コンビを組んだ二宮だったが、実は桑原こそが、最も手を付けられないイケイケのワルだった……。

 産廃の処分場は、所有権、水利権、アクセス、環境問題、改修工事など、多様な課題をクリアせねばならず、そうするとゼネコンや地権者のみならず、不動産屋、地上げ屋、仲介業者、議会議員などがカネを使って、色々な調整をしなければならない。そこにヤクザも絡んで、より混沌とした相関となっている。

 この、暴力や恫喝、拉致監禁といった法律お構いなしのアンダーグラウンドで、誰が裏で糸を引き、どのように結びついているのか「絵解き」をしていく展開が、一種のミステリとなっているのだが、産廃問題や建設業界とあまり縁がない一般庶民には少々ややこしい。だが、よくわからなくとも、没入して読み切ってしまうほどの凄まじいリーダビリティがある。それが、二宮・桑原コンビの「笑える」掛け合いである。

 中盤、切羽詰まった二宮が、こんな言葉を漏らす。

「前門の虎、後門の狼か……」

「ん、なにいうた」

「おれがいまおかれてる状況ですわ」

「おまえはハードボイルドのヒーローかい。前にキンタマ、後ろにケツの穴やろ」

 こんな漫才のようなやり取りをしながら、二宮は自身のシノギの筋を通そうと、桑原はカネを掠め取ろうと、関西中を駆けずり回って、裏社会のワルどもに突っ掛っていく。作中にちらりと出てくる、「毒は毒をもって制す」という言葉がぴったりである。お互い嫌い合っているのだが。

 黒川博行大阪府在住の小説家。本書を含めて、六度も直木賞候補に選ばれ、2014年発表の本シリーズ第五作『破門』でようやくの受賞となった。『疫病神』シリーズはどれも独立した作品で、刊行順に読む必要はない。ただ、二宮と桑原の関係性の微妙な変化を追ってみるのも悪くないだろう。

 悲しいかな、どの作品でも大抵二人の目論見は外れて、痛快無比とはならない。が、社会派を読んでいて笑いを誘われるなんて、本シリーズでしか体験できないのではないか。

 

疫病神 (新潮文庫)

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疫病神 (角川文庫)

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