活字耽溺者の書評集

好きな本を自由気ままに書評するブログ。

『変わらざるもの』 フィリップ・カー 柳沢伸洋訳 PHP文芸文庫

変わらざるもの (PHP文芸文庫)

変えられない運命にあえぐ

 第二次世界大戦中から戦後にかけてのドイツに、名高きレイモンド・チャンドラーの探偵フィリップ・マーロウを置いたらどうなるか――著者のそんな興味が、本シリーズの最大の魅力だ。本書は、私立探偵ベルンハルト・グンター・シリーズの第四作目にして、《ベルリン・ノワール》と呼ばれるベルリン三部作(『偽りの街』『砕かれた夜』『ベルリン・レクイエム』)の刊行から実に15年ぶりに邦訳されたハードボイルド・ミステリである。

 1949年のミュンヘン。慣れ親しんだベルリンを離れ、ダッハウ収容所近くの義父のホテルの経営をしていたグンターだったが、あるアメリカ人とドイツ人捕虜との遭遇をきっかけに、探偵稼業を再開する。手始めに二件の依頼をやり遂げ、順調な滑り出しを見せていたものの、療養中の妻が死に、元ナチスの夫の安否確認を願う美しい女が現れてから、権謀術数がめぐらされた戦後ドイツの闇に巻き込まれていくグンターであった……。

 断っておくと、本書は痛快活劇ではない。爽快なカタルシスをお求めの読者は、他を当たったほうが得策かもしれない。なぜなら、このシリーズはいわゆる「ナチもの」の歴史小説と言っても過言ではないほどに重苦しい事実が随所に描かれるからだ。ナチスの残党狩りに暗躍するCIAやユダヤ人組織、ナチス党員の国外亡命を援助する戦友組織、牢獄に繋がれた戦犯など、暗い話で溢れている。

 それに加えて、グンターにも過酷な運命が待ち受けている。彼のウィットに富んだ言い回しににやりとさせられる場面もあるが、生来の人の良さのために、その隙をつけ狙われてしまうのだ。主人公が救われない作品は多々あるが、本書は群を抜いている。

 しかし、この重々しさと暗さを乗り越えたとき、グンターに訪れる現実に慄然としつつ、本作のプロットがミステリとしていかに緻密であったかを悟る。この物語は、一大建築物なのだ。歴史に翻弄される一人の男の、変えられない運命だ。

 

 

変わらざるもの (PHP文芸文庫)

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偽りの街 (新潮文庫)

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砕かれた夜 (新潮文庫)

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ベルリン・レクイエム (新潮文庫)

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