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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

『赤い右手』 ジョエル・タウンズリー・ロジャーズ 夏来健次訳 創元推理文庫

海外ミステリ・サスペンス 2014年刊

赤い右手 (創元推理文庫)

悪夢を心ゆくまで愉しむ

 熱に浮かされていると悪夢を見る。誰しも一度や二度は体験したことがあるだろう。小説でもその疑似体験が可能な作品がいくつか存在しているが、その中でも、本書は文字通りの「悪夢」を、奇妙な酩酊とともに味わえる怪作ミステリである。

 物語は、偶然にも事件に関与した、「物事を客観的に見る能力には自信がある」外科医のハリー・リドルが、悪夢の夜の顛末の再構築のために綴る手記という形式で進行する。

 アメリカの片田舎でハネムーンに胸躍らせていた新婚カップルのエリナ・ダリーとイニス・セントエーメは、その道中で、猫の死体を抱えた怪しいヒッチハイカーを拾う。ぎらついた赤目に裂けた耳、犬のように尖った歯、栓抜きのような脚。不気味な容貌のその男は、夕闇深まる黄昏どき、森の中で二人が車を降りた瞬間を狙い、牙を剥く。

 同時刻、依頼された手術を終えて帰路についていたハリー・リドルは、車の故障で、近くに別荘を構えていた犯罪研究家のアダム・マコウメルー教授の邸宅に助けを求める。修理ののちに再び車を走らせていると、錯乱状態の若い女――ダリーを発見する。話によると、婚約者のセントエーメが、ヒッチハイカーとの格闘の末に、車とともに攫われてしまった、というのだ。

 栓抜きのような脚のヒッチハイカー――コークスクリューとあだ名された男を探して、警察も捜査を開始する。近隣の目撃証言によると、コークスクリューが運転する車は田舎道を爆走し、犬や人間をも轢き殺していったとのことである。そしてダリーの思いも虚しく、森の中の〈死に婿が池〉と呼ばれる池から、奪われた車と、右手を切断されたセントエーメの無惨な死体が浮かび上がる……。

 リドルは、自分だけがその車を目撃しなかったことに疑問を覚えながらも、まだ近くに潜伏しているであろう犯人の正体を暴こうと推理を深めていく。

 本書の原著は、1945年にパルプ小説誌(安物の低俗雑誌)に発表した中編小説を、単行本化に際して、長編として大幅に加筆修正したもの。著者ジョエル・タウンズリー・ロジャーズはパルプ作家で、文学性よりも煽情性にウェイトを置いた大衆向けの作品を多く書き記した。

 日本では、1997年に国書刊行会から《世界探偵小説全集》第24巻として邦訳され、98年の『このミステリーがすごい!』ランキングで海外部門2位を獲得するなど人気を博した。ただし、それは、いわゆる「バカミス」や「ヘタミス」といった惹句つきの、カルト的人気であったことを記憶に留めておかねばならない。

 まず、作中でリドルは混乱の中にいるのか、出来事の時系列が狂っていたり、真偽が曖昧だったりと、理路整然としていない。それがこの戦慄の一夜のムードを高め、サスペンスやスリラーの様相を呈するのに一役買っているが、ややこしいのは否めない。この不安定な文体の中に、ミスディレクションや謎めいた小道具、露骨な伏線が織り交ぜられ、読者も判然としないまま強引に悪夢の渦に呑まれていくのである。 

 また、著者の狙いはある種一貫しているのだが、あまりにも偶然に頼る要素が多く、不自然さがわだかまっているのも事実である。アンバランスでありながらどことなく美的センスを備えた建造物とでも言うべきか。元がパルプ・フィクションであったことを踏まえると、著者自身にも意図しない方向に物語が動き、瑕疵を覆い隠さんばかりに人を惹きつける奇跡的な作品となったのではないか。そうとしか考えられない。

 それだから本書は、寝つきの悪い夜などに、一息に読み切ってしまうのが正しい読み方だろう。熱帯夜であればなお良い。悪夢はたいがい支離滅裂なものだ。

 もし読み終えたあと、釈然としないものを抱えたら、前述の国書刊行会版の小林晋氏の解説「探偵小説におけるコペルニクス的転回」を読むといい。ストーリーに深く踏み込んだ詳細な説明がなされている。また、本書創元推理文庫版の訳者あとがきで述べられている、著者とウィリアム・アイリッシュの関係性なども興味深い。さらに本書には、事件のあった田舎道周辺の略地図も載っていて飽きることがない。

 誰も彼も、この作品の孕む熱気にやられているようだ。

 

赤い右手 (創元推理文庫)

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赤い右手 世界探偵小説全集(24)

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