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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

『禁忌』 フェルディナント・フォン・シーラッハ 酒寄進一訳 東京創元社

禁忌

「禁忌」が描かれた絵画

 まず、本書は一般的にイメージされるミステリ小説ではないことを念頭に置いておかねばならない。いや、小説と意識して読むのも間違いかもしれない。たとえるならば、どこかの湖畔のさびれた美術館で、「禁忌」と題された絵画を鑑賞している感覚である。しかも、パンフレットもなければ、解説員もいない。解釈はすべて読者ひとりひとりに委ねられているのだ。簡潔で研ぎ澄まされた筆致で描かれたこの謎めいた芸術作品は、衝撃的かつ不思議な読書体験をもたらすであろう。

 ゆえに本書は、いわゆる、何を書いてもネタバレになる作品である。もっと言うならば、誰かの感想や印象を引きずるべきでもないのだ。巻末の、著者のエッセイと訳者あとがきも、できれば最初に読まないほうが良い。よって、以下は、内容にはあまり踏み込まず、「絵」の構造と著者の経歴についてざっくりと述べていく。

 本編は「緑」「赤」「青」「白」の四部構成。主人公は、ミュンヘンザルツブルクの中間に位置する名家に生まれた、セバスティアン・フォン・エッシュブルク。彼は、常人が知覚する以上の色彩を認識し、“A”ならば濃くて鮮やかな赤色、“B”ならば軽やかな黄色といった具合に、文字のひとつひとつにも色を感じる共感覚を持っていた。著名な写真家として成功を収めていたある日、若い女性を殺害した容疑で逮捕され、裁判にかけられるが……。

 本書『禁忌』は、ドイツの高名な刑事事件弁護士であり小説家でもあるフェルディナント・フォン・シーラッハの長編第二作。デビュー作は2009年発表の短篇集『犯罪』で、クライスト賞など複数文学賞を受賞し、ベストセラーとなった(日本では2012年本屋大賞翻訳小説部門1位に輝いた)。また、シーラッハは1964年生まれで、祖父がナチ党全国青少年最高指揮者のバルドゥール・フォン・シーラッハであることも有名である。

 彼の著作で特徴的なのは、何よりも文体である。事実を積み重ねていくような、独特の短く静謐な文章で、「人間」を深く掘り下げえぐっていく。くどさは微塵もない。

 本書はこの洗練された文体がさらに極まり、説明が限りなく削ぎ落とされ、ミステリの体裁を備えてはいるものの、より純文学に近くなっている。読者は、示される事実と、鮮やかな色、すなわち光、音、匂いといった描写を頼りに、五感を駆使して、行間を自身で補完し、追体験していく他ないのだ。その難解さから、ドイツ本国では評価が二分し、人を選ぶ問題作との扱いを受けたようだ。

 たしかに難解である。深遠であると言ったほうが相応しいか。だが、読み解く鍵は、本全体に隠されている。本そのものが、「罪」や「悪」や「美」を下敷きに、一つの絵画となっているのだ。そこに描かれているのは一人の人間である。現代に、これほどの作品を描き出せる作家は一握りではないだろうか。賛否を呼ぶのは否めないが、文学を芸術に昇華した傑作であるのは疑いようがないと言える。

 なお、本書の世界初の舞台化が日本で決まっているようだ。実は、行間を味わう感覚であったり、作中でエッシュブルクが愛用するシガーケースが日本製だったりと、「日本」も本書のキーワードの一つになっており、ドイツ人よりもむしろ日本人との親和性が非常に高い気がしてならない。加えて、巻末のシーラッハの「日本の読者のみなさんへ」というエッセイも素晴らしい。なんと、日本の僧侶・良寛の句の引用で始まるのだから、驚きだ。

 

 

禁忌

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犯罪

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