活字耽溺者の書評集

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『特捜部Q 檻の中の女』ユッシ・エーズラ・オールスン 吉田奈保子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫

特捜部Q ―檻の中の女― 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

圧倒的なリーダビリティの北欧ミステリ・シリーズ第一作

 ミステリを読む楽しみの一つは、一人の探偵や刑事のシリーズを追うことだ。ホームズやポワロなど、多くの人々に愛されたシリーズは枚挙にいとまがない。本書は、現在進行形で、北欧ミステリブームの旗手をつとめる警察小説シリーズ、『特捜部Q』の第一作である。

 デンマークコペンハーゲン警察の警部補カール・マークは、とある事件の捜査で、犯人の凶弾を浴び、二人の同僚のうち一人は死亡、もう一人は半身不随となり、心身ともに傷を負うことになった。

 カールの退院後、上層部は、政治的パフォーマンスも兼ねて、署の暗い地下室に「特捜部Q」と題した、未解決の重大事件を専門に取り扱う部署を新設する。カールは、そこの統率を命じられるが、助手は素性不明のシリア人アサド一人のみ。捜査費用も満足にない。不承不承仕事に取り掛かるマークだったが、着手した女性議員失踪事件の新事実が明らかになると、思いもよらない展開を見せていく。

 物語は、2007年のカールの視点と、2002年の女性議員ミレーデ・ルンゴーの視点で交互に描かれながら進行する。つまり、この空白の五年間に、ミレーデの身に何が起こったのかという謎を埋めていくのだ。特にミレーデの視点は、「檻の中の女」というタイトルから察せられるように、凄惨で痛ましい。しかもそれは、残酷なおとぎ話や童話のような、ひりつく痛みである。

 だが、その残酷さを緩和するように、カールとアサドのキャラクターはとても魅力的でユーモラスだ。カールは皮肉屋で強引な敏腕刑事、アサドは言動が怪しいが異様に勘が鋭い変人で、この二人の掛け合いは、思わず笑みがこぼれてしまう。元相棒二人と比較して、最初はアサドを邪険にしていたマークだったが、次第に信頼し合う関係になっていくのも面白いところだ。

 二つのドラマは、事件の真相に向かって一直線に疾走し、その交点で最高潮を見せる。それなりに長く、設定的に無茶している部分もあるが、そのリーダビリティは凄まじい。とんでもない力わざだと言っていい。一転してラストは、静謐さに溢れているのだから、著者の引き出しの多さに驚くばかりだ。

 ユッシ・エーズラ・オールスンはコペンハーゲン出身の作家。精神科医の父を持ち、幼少期を精神病院の敷地内で過ごしたこともあるという。その体験を活かしてだろう、本書にはミレーデの弟で知的障害のあるウフェと、彼が入所している施設が登場する。続刊でも、心理学や隔離病棟などがたびたび扱われているあたり、オールスンの追求するテーマが見え隠れしている。

 その続刊は五作。すべて邦訳されている。第三作の『Pからのメッセージ』は、ガラスの鍵賞(北欧5ヵ国の最も優れた推理小説に贈られる文学賞)を受賞し、シリーズは現在36ヵ国で翻訳され、ベストセラーを記録している。オールスンは、このシリーズを十作ほど書く予定でいるという。カールに新たな助手が加わったり、因縁の事件が徐々に解決に向かったりと、シリーズを通してでしか楽しめない要素も十分にある。ぜひ追いかけてみてほしい。

 

特捜部Q ―檻の中の女― 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

特捜部Q ―檻の中の女― 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

 

 

特捜部Q ―キジ殺し― 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

特捜部Q ―キジ殺し― 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

 

 

特捜部Q ―Pからのメッセージ― 〔上〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

特捜部Q ―Pからのメッセージ― 〔上〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

特捜部Q ―Pからのメッセージ― 〔下〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

特捜部Q ―Pからのメッセージ― 〔下〕 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

特捜部Q―カルテ番号64―(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

特捜部Q―カルテ番号64―(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

 

特捜部Q-カルテ番号64-(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

特捜部Q-カルテ番号64-(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)