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活字耽溺者の書評集

翻訳ミステリ、サスペンス、ノンフィクション等の書評。産経新聞書評欄に不定期で寄稿。

『その女アレックス』 ピエール・ルメートル 橘明美訳 文春文庫

その女アレックス (文春文庫)

プロットの妙を見る、現代サスペンス

 

 見る角度によって絵柄が変わったり、立体感が得られたりする印刷物のことをレンチキュラーと呼ぶ。雑誌の付録などで馴染みのある人も多いのではないか。本書はそれを、小説でやってのけた、とんでもないサスペンス・ミステリである。

 本書は三部構成で、非常勤看護師の女アレックスと、パリ警視庁犯罪捜査部のカミーユ・ヴェルーヴェン警部の視点が交互に切り替わり進んでいく。ある夜、アレックスは、謎の男に誘拐され、格子状の檻に監禁される。男は「淫売がくたばるのを見てやる」「おまえが死ぬのを見たい」と答えるのみで、アレックスは食べ物もろくに与えられず、次第に衰弱していく。一方、カミーユは二人の部下とともに、犯人の身元も女の素性も不明な状態から誘拐事件を追っていく。

 と、ここまでは、どこかで読んだような犯罪小説だが、誘拐犯の身元が割れる前後から、じわじわと予想外のベクトルへ話が進み始める。そしてあれよあれよという間に、物語は驚愕の変貌を遂げて、第二部に突入するのである。

 ピエール・ルメートルは1951年パリ生まれの作家で、デビューは2006年。現在までに七冊の小説を発表しており、本書でイギリス推理作家協会賞に輝き、さらには六冊目の『Au revoir là-haut』で2013年のゴンクール賞を受賞した。また、本書はヴェルーヴェン警部シリーズの第二作でもある(なお、邦訳は本書と柏書房『死のドレスを花婿に』のみである)。

 また、脚本家でもあり、作風としてはディティールにまで行き届いた映画的なタッチでの描写が多く、本書でもそれは随所に見受けられる。残虐性と軽妙洒脱なキャラメイクが混然一体となっている部分は、近年人気の北欧ミステリである『特捜部Q』シリーズを彷彿とさせる。それがややテンポを悪くしてしまっていると感じないでもないが、まさにレンチキュラーのごとく、鮮やかに物語全体が一変する場面に到れば、後は徹夜必至であろう。

 そして第三部、物語は再び新たな角度から照射され、そのプロットの妙に唸らされる。その残虐性に目を覆いたくなるところもあるが、新しいサスペンスの形を示し出す、トリックアートのごとき作品である。少々気が早いが、今年の雑誌各誌のミステリランキングの上位に食い込むのはほぼ確実と見ていいだろう。

 

※12/10追記:本書は『週刊文春』、『ミステリマガジン』、『このミステリーがすごい!』の2014年ミステリーランキング海外部門1位をそれぞれ獲得した。

 

死のドレスを花婿に

死のドレスを花婿に